2015年3月13日金曜日

他律的自律

以前にも少し紹介したこともある言葉「他律的自律」について。
例の如く、野口芳宏先生の言だが、自分のフィルターを通してお伝えする。

自律できることが望ましい。
早起きをし、食べ過ぎない飲み過ぎない、適度な運動に学習。
「それができるなら苦労はない」という感じである。
(特に「飲み過ぎない」は、最も難しい。
 あの時、いつも活躍してくれる「論理的思考力」はどこへ行ってしまうのか・・・。)

そこで、進んで「他律的自律」を取り入れる。
要は大変そうなことに敢えて突っ込むということである。
逃げたいのに逃げられない状況に自分を追い込む行為を指す。

例えば、何かの学習会に入ったり、習い事を始めること。
(この時の初期投資費用は、高いほど続けやすく、低いほど始めやすい。一長一短である。)
周囲への宣言も他律的自律につながる。
「甘い物控えます宣言」とか、「禁煙宣言」とか色々ある。
(ただ、この二つが守られにくいのは、宣言してもお店で簡単に手に入る点である。)

自分の例でいく。
例えば、このブログ。
勝手に「二日に一回更新します」と宣言してみた。
宣言しなければ、読者の皆様も「時々届く」程度に見てくれる。
しかし、宣言して三日も四日も更新しない時があると、有難いことに「最近、大丈夫ですか?」と心配される。
つまり、宣言によって「他律」が入る。
進んで他律されているから、自律して早起きしてブログを書ける。
私のように、生来だらだらしている人間には、他律による自律が最適である。

別の例。
例えば、セミナーに申し込むか迷う場合。
3月。忙しい気がする。
「この忙しい時期にセミナーに出て学んでいる余裕はない」などと思う。
「行かない方がよい」理由が、100思い浮かぶ。
ここを、敢えて飛び込む。
そうせざるを得ない状況に自分を放り込んでしまい、他律してもらう。
とにかくスケジュールに組み込んでおき、腹を括る。
当日は、それほどまで高くないテンションのまま、会場に辿り着く。
そうすると、払った代価の分以上に、得るものが返ってくる。
「忙しい時ほど飲みに行け」とは、私の尊敬する先輩の言であり、ここに共通するものがある。
いい意味で、開き直れる。

他律的自律。
進んで人に律されようとするのは、自律の一つ形である。

歴史の鉄則 便利と義務

最近読んだ本からの気付き。 次の本から、一文を引用する。 『サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福』 ユヴァル・ノア・ハラリ 著 柴田 裕之 訳 河出書房新社 http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309226712/ ======...

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