2015年1月3日土曜日

マニュアルを自分の文脈に落とし込む

タイトルは、上越教育大学の赤坂真二先生の言葉。
赤坂先生は著書に「クラス会議」のマニュアル本がある。
http://www.amazon.co.jp/dp/493887492X
しかし、マニュアル通りにやっても、それだけではうまくいかない。
それは、教える側も教わる側も全く違う人間であり、環境も違うからである。

マニュアルはたたき台であり、基本である。
たとえばサッカーなら、シュートの際の基本型がある。
同じ場所にボールを転がして、走り込んで蹴り込む。
立ち足の位置、蹴り足の部位まで大体決まっている。
ただ、これにしても、蹴りやすい体勢には個人差がかなりある。

また、実際の試合は、そんなきれいな形では蹴れない。
相手の邪魔(ディフェンス)が入る。
倒れながら蹴ることだってある。
だから、実際は、基本型から大きく外れた形でシュートすることになる。
ただ、基本の型でのシュートができないで、倒れながらのシュートはできない。

クラス会議等、様々ある手法も同様で、基本型、理想型を知る必要はある。
しかしながら、それを崩して使う幅がないと、必ずといっていいほど失敗する。
「豆腐のような柔らかさ」のような、堅さ(原実践への忠実さ)に加えた柔軟性、可塑性が必要である。

例えば、クラス会議の手法では、最初に仲間同士で感謝や褒め言葉などを伝え合う。
しかし、学級の実態によっては、ここに時間がかかり過ぎる場合もある。
また、それすら必要のないほど、最初から仲間同士の関係が温まっている学級もある。
そういう場合に、この活動をいれるかどうかは、教える側の判断に委ねられる。
つまり、自分の文脈に落とし込んで使う。

追試実践においては、必ず「自分の文脈に落とし込む」。
ただし、原実践で「なぜそうするのか」を知った上で行うことが大切であるように思う。

腹が立つ時には

最近、腹が立つということが減った。 なぜか。 自分自身の怒りを眺められることが増えたからである。 腹が立つ時を考えると、大抵が「痛い」ところを突かれた時である。 もう一つは、自分が否定された、妨害されたと感じた時である。 要は、ほぼ全てが、自己防衛本能の発動である。 ...

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