2015年1月25日日曜日

優しさと強さ ~ヒーローの条件~

今回は思い切り「教育観」の話。

映画を観た。
『"優しさ"で世界を救えるか?』のキャッチフレーズのあれである。
とても楽しめた。
そして結論から言うと、『アンパンマン』同様、ヒーローには「優しさ+強さ」が必要である。

善人と悪人がいる訳ではなく、みんな良いことも悪いこともする。
悪いことをしている時に、自分で直せるなら苦労はない。
止めてくれるのがヒーローである。
困っている時、悪いことをされて苦しんでいる時に、自分で解決できるなら苦労はない。
助けてくれるのがヒーローである。

「止めよう、助けよう」とする心は「優しさ」から来る。
自分だけが大切で相手のことをどうでもいいと思う人は、自己が傷つくことを恐れて他人を助けない。

「止める、助ける」ということの実行力は、「強さ」である。
この「強さ」には腕力だけでなく、折れない心の強さや、頭脳の明晰さなど様々ある。
ここがないと、止められないし、助けられない。

大きく日本の社会で考えると、法や制度がそれを支えている。
本来、国を良くしようという考えのもと、法は定められている。
犯罪を防ぐ、裁くのは国の法律に基づいた実行力の行使である。
身近なところでいうと「警察」で、これはかなり厳しい。
緩ければ、犯罪が蔓延する。
警察に「ちょっとだから見逃してもらえる」ということは、ほぼ無い。
ちょっとのスピード違反だろうが駐車禁止だろうが、10円のアメの万引きだろうが、ダメなものはダメ。
自分だけ特別扱いはしてもらえない。
他の人もそうだから、納得せざるを得ない。
結果、法治国家としての安全を保てる。
本来は、「安全・安心な社会を作ろう」というプラスの発想から来ているはずである。
「安全・安心」は、平和な集団社会においての必須項目である。(「戦争と貧困」がその対極に位置すると考える。)

学校や教室においては、教師が「ヒーロー」の役割を担う必要がある。
全員が清く、正しい行いをする集団ではないから、正しい方向に導く存在がいる。
もちろん教師自身、そこまでに立派な人間ではないかもしれない。
しかし少なくとも、その集団における唯一の大人なのだから、そこは重要な責務である。
優しさ+強さのマインドを常に持って、子どもとともに成長する。

そして優しさと強さを持って、「正しく」指導しても、子どもが素直に受け入れないことがある。
スピード違反の大人同様、悪いと分かっていても「何で自分だけ」という思いはよぎるのが人間である。
そこの気持ちは汲んであげたい。
その上での「でも、やっぱりそれはいけない行為」と諭してあげるのが教師の役割であり、優しさと強さであると考える。

ぐだぐだ長くなったが、要は集団を救うには優しさだけでも強さだけでもだめで、両方が必要ということ。
あのニューヒーロー同様、普段ふわふわしているようでも、本当のピンチの時には、頼られる存在でありたい。

子どもの眼・子どもの心

夏の読書に、次の本を紹介する。 『一年一組せんせいあのね―詩とカメラの学級ドキュメント』 鹿島 和夫 編 フォア文庫 https://www.amazon.co.jp/dp/4652039077 35年以上前の本だが、今の教育で欠けている視点が手に入る良書である。 ...

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