2015年1月5日月曜日

自分の特性を生かす

前号の続き。
自分の文脈に落とし込むことに関連して。

「どんなに叱っても全然言うことをきいてくれない」ということで悩む人がいる。
「びしっとさせたいから、一生懸命やっているのに」とご本人。

この手の悩みを抱える方に相談された時は、
「ニコニコして、困ったふりをしてお願いするとかどうですか?」
と答えるようにしている。

なぜかというと、大抵この手の相談をされる先生は、どう見ても、迫力がないというタイプが多い。
代わりに、すごく温かい雰囲気を持っていたりする。
子どもがべったり寄ってきて、くっついていく感じである。

逆に考えるとわかる。

元々がカチッとした雰囲気の人や、迫力がある人がいる。
この人は、割とびしっとさせるのは得意である。
この人に、「もっと子どもが近づきやすい雰囲気になりたい」
と相談されたらどうアドバイスをしてあげるか。
多分周りの人は「いや、別にそのままでいいのでは?」と返すと思う。
願望そのものに無理を感じるし、この特性にも需要がある。
そんなことより、せっかくの特性を生かし、いざという時に学校や学年全体に大切なルールを指導する役割を担ってもらいたい。

冒頭にあるような先生の相談は、これに近い。
びしっとさせたいというアプローチそのものが、根本的に向いてないかもしれない。
代わりに、子どもから相談を受けたりするのは大得意だったりする。
そもそもの持っている特性が、近づきやすい雰囲気なのである。
学級経営や子育てにおいて、必ずしもびしっとさせる必要はない。
それに、一見ふわふわしているようで、内実はよくまとまった学級というのもたくさんある。

叱り方や褒め方についてのマニュアルが世にあふれている。
これにしても、あくまで「基本形」であって、自分の文脈に落とし込まないと使えない。
指導者側の持つ特性と相手の特性によって、「効果抜群」のアプローチが異なる。
だから同学年を組むならば、色々なタイプの人がいる方が有利である。

自分の特性を生かし、無理な方法を選択しない。
道は常に一つではないというように考えると、自然体になれる人がいるかもしれない。

歴史の鉄則 便利と義務

最近読んだ本からの気付き。 次の本から、一文を引用する。 『サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福』 ユヴァル・ノア・ハラリ 著 柴田 裕之 訳 河出書房新社 http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309226712/ ======...

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