2015年1月29日木曜日

学級は期間限定の「家族」

学級担任は、喜怒哀楽の感情が揺れる機会が多い。
担任する子どもの変化に一喜一憂する日々が続く。

いいことばかりならいいが、そうはいかない。
子どもは、こちらの思うようには動いてくれないし成長してくれない。
我が子ですらままならないのだから、まして他人の子どもが思うようになる訳がない。

我が子の良くない行動は見過ごせない。
担任している子どもの良くない行動も見過ごせない。
担任している子ども以外でももちろん注意するが、気持ちの入り方がかなり異なる。

担任しているということは、その場にいる間のその子の責任者である。
全員の健やかな成長を願い、無視できない存在となり、どんな嫌なことがあっても見捨てられない。
(この点で、「不登校」という状態は、一番難しい。関われる時間が圧倒的に短くなる。)
子どもたちお互いも、偶然同じクラスになった仲間ではあるが、全員で一つの共同体である。
助け合わないとやっていけないし、誰かにいいことがあったら一緒に喜ぶし、互いのトラブルも起きる。

その点で、家族に近いものがある。
本物の家族との決定的な違いは、期間限定であること。
親は一生親だし、兄弟は一生兄弟だが、クラスは一年間で解散する。

限られた期間だからこそ、必死にやる。
一方で、本物の親のように、一生の責任を負うことはできない以上、関わり方にも限界がある。
一生の責任を負う覚悟の保護者の意向は、絶対に無視できない。

限られた時間の中ではあるが、子どもを預かれる有り難さ。
どんなことも、期間や枠があるからがんばれる。
短い時間の「家族との時間」だと思って、辛いことも楽しいことも感謝して過ごさせてもらいたい。

腹が立つ時には

最近、腹が立つということが減った。 なぜか。 自分自身の怒りを眺められることが増えたからである。 腹が立つ時を考えると、大抵が「痛い」ところを突かれた時である。 もう一つは、自分が否定された、妨害されたと感じた時である。 要は、ほぼ全てが、自己防衛本能の発動である。 ...

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