先月に新宿で実施した、仕事術セミナーでの学び。
仕事術や学級づくりの基本について話をさせていただいた。
会の趣旨からいって、当然、参加者の多くは
「もっと仕事を早く終わらせて、自分の時間を作りたい」
という思いをもっている。
ただ、参加者の内情は、かなり違う。
Aは、21時まで勤務はほとんどの人が当たり前という職場。
Bは、18時過ぎには、周りの人が大方帰っているという職場。
どちらも「自分は早く帰ることができていない」という悩み。
では、どちらが早く帰れるか。
当然、Bである。
Aの職場で自分だけ早く帰るというのは、何か妙な罪悪感を抱き、かなり明確な意思表明を必要とする。
Bの職場なら、逆に早く帰れない自分に罪悪感を抱く。
周りと違うと罪悪感を抱く。
自分にとって、周りの労働環境が良いと思えないなら、罪悪感を抱く方を選択するしかない。
ポイントは「常識」の違いである。
「当たり前」の基準の違いである。
仕事そのものの量にどれほど違いがあるかは、わからない。
ただ、確実に言えることは、みんなが遅い職場では、「異常」に気付きにくい。
むしろ正常勤務で定刻に帰ることが「異常」「異端」に映る。
当然、早く帰るとは言い出しにくい。
「うちで早く帰るのは無理」という言葉が出やすくなる。
つまり、環境が大切ということである。
人間は、環境の影響を大きく受ける。
無意識だと、ここに完全に流される。
そして、環境は自ら作るもの。
周りが散らかっているからといって、自分の机も散らかすのは、もう流されている。
そういう時こそ、自分の机だけはきれいにする。
すると、目立つ。
「業者の方や来客がくると、なぜかいつも自分の机が使われている」という状態になれば、間違いなく突出してきれいである。
つまり、小さなことから始める。
残業の常態化のような大きなことを、いきなり変えるのは難しく感じるかもしれない。
しかし、机の整理のような小さなことからなら、手を付けられる。
小事が大事を作るのである。
たかが机の整理整頓一つ。
自分の職場環境を嘆く前に、そこから始めてみてはいかがかという提案である。
2018年3月22日木曜日
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