2016年7月22日金曜日

インファイター or アウトファイター

教育の手法の話。

子どもに色々な個性があるように、教師にも色々な個性がある。
特に子どもとの距離感の持ち方については、人それぞれである。

ボクシングのファイティングスタイルにインファイターとアウトファイターがある。
前者は、相手との距離をぴったり詰めて、密着して打ち合いに持ち込む。
肉を切らせて骨を断つスタイルである。
後者は、相手との距離を一定に保ち、脚をつかって近付かせないようにうつ。
蝶のように舞い、蜂のように刺すというスタイルである。
そしてこの二つの中間のミドルレンジで戦うボクサーもいる。

全く異なる二つのタイプだが、どちらがいいとは一概に言えない。
個人の能力によって、合うスタイルがある。

打たれ強く、パンチ力が高いなら、インファイトができる。
リーチが長ければ相手に近付かせないアウトファイトができる。

逆にいえば、どんなにパンチ力が合っても、相手に当たらなければ負ける。
リーチが長ければ、インファイトの時に連打がしづらく、邪魔である。

逆のスタイルをとってしまえば、長所が短所に、短所が長所になり得る。
リーチなどは変えられないのだから、自分の能力に合うスタイルを適切に選ぶ必要が出る。
(ボクシングの場合なら、階級を変えるという手もある。)

たとえが長くなったが、教師にもいえる。
子どもとの距離感。

密着するほど近い距離で指導する人がいる。
子どもとあだ名で呼び合うような関係である。

距離をとって指導する人もいる。
指導上の上下関係をはっきりさせ、礼儀をもって接する関係である。

もちろん、この中間やさらにこの軸の外の関係もある。

二元論的にどちらがいいとかいうことではない。
大切なのは、どれが自分自身と子どもとの関係に合うかということである。

あだ名で呼ばれるのに違和感を感じるのに、無理をしてそういう関係を作ろうとするときつい。
もっと親しくなりたいのに、上下関係を保とうと無理をするのもきつい。

子どもにとっても、色々な先生がいた方がいい。
親しみやすくリラックスできる先生と、おっかないけど頼りにもなる先生。その中間や外。
それぞれの場面で、力を最大限に発揮する人は異なる。
だから、学年チームは個性的な方がいいといわれる。

自分にとって無理のないスタイルを選ぶこと。
色んな人がいていい。
自分らしく、ありのままでというのは、そういうことだろう。
自分の性格と真逆の外面をとる必要はない。

これは、子どもにとってもいえる。
教師との距離感を、どうもちたいか。
子ども個々に違うはずである。

教師と子ども、それぞれに個性を認めていきたい。

歴史の鉄則 便利と義務

最近読んだ本からの気付き。 次の本から、一文を引用する。 『サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福』 ユヴァル・ノア・ハラリ 著 柴田 裕之 訳 河出書房新社 http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309226712/ ======...

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