運動会後に書いた記事。
勝負事には、真剣に取り組む方である。
特に「強くなる過程」や「勝ち方」には、こだわる。
自分たちで強くならねば、学級として取り組む価値がないと思っている。
教えられた通りにやって強くなって結果を出しても、「先生に言われた通りにやっただけ」と思われては意味がない。
まして「〇〇先生のクラスだから勝てる」と思われては元も子もない。
「自分たちだから、この仲間がいたから勝てた」と思えるようにしたいのである。
以前書いた「あれは僕の絵じゃありません」という話と同じである。
指導されまくって書いた特別賞受賞作品の絵は、その子にとって自分の作品ではないのである。
指導されまくって強くなっても、自分たちの獲得した力ではないのである。
最低限のポイントを教えたら、後はなるべく任せる。
実践&ミーティングの繰り返しである。
自分たちで作戦を考え、練り直していく。
試行錯誤の繰り返し。
当然失敗もたくさんする。
指導するのは、仲間同士のコミュニケーションルールというか、マインド面。
成功したら一緒に喜んだり拍手をしたりする、失敗したら「ドンマイ!」の声かけ。
一人の失敗はみんなの失敗、自分の失敗と思って、工夫してやり直す。
8の字跳び&大縄指導と原理・原則はすべて同じである。
うまくいこうがいくまいが、あまり褒めたり叱ったりもしない。
ただ、感心はする。
よく考えたことや、励まし合う姿を素敵だと認めることはする。
そうしていく中で、クラスが単なる集団からチーム化していく。
運動会で勝つためによいクラスづくりをするのではない。
よいクラスづくりと一人一人の成長のために、運動会を利用する。
5月に運動会がある場合と10月にある場合では、意味合いが異なる。
5月は、クラスづくりの意味合いが強い。
10月は、そこまで培った力の発表の場という意味合いが強い。
時期が違えば、ねらいが変わるということである。
また、勝ち方も大切である。
長くなるので次号。
2016年7月3日日曜日
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