2015年12月12日土曜日

道徳 より良い選択をする

前号の続き。
道徳の授業について。

道徳の読み物資料。
文科省の配っている「私たちの道徳」という道徳教育用教材の冊子がある。
ここにたくさん掲載されている。

内容の是非については賛否あるが、要は使い方次第である。
今回の道徳研究会に来て気付いたのは、料理も腕次第ということ。
素材がどうであれ、料理次第で旨くも不味くもなる。
(この辺りについては拙著『やる気スイッチ押してみよう!』でもふれている。
逆に大トロのように、下手に調理せずそのままの方が旨い素材もある。)

ダメな使い方。
それは、価値をそのまま教えるもの。
読み物資料には、かなり露骨に価値が出ている。

昔話に例えると、正直者のじいさんはいい思いをして、意地悪じいさんはひどい目に遭う。
だから、正直がよいのだという論理。
昔話は、お話だから許せるのであって、そこに道徳の授業として持ってくると、おかしなことになる。

道徳的価値は前提としてわかっている。
その上で、ある程度正直に気持ちを言えるようにする必要がある。
登場人物の気持ちは、容易に想像がつく。
自分に置き換えると、つい嘘が出る。

ではどうするか。

私の感じ取ったキーワードは「より良い選択」である。
実際の社会では、道徳的でなくても生きていける面がある。
あいさつだって、しなくたって大丈夫である。
ただ、あいさつをした時としなかった時で、それぞれ違いが出る。

どちらの選択がいいか。
ここを分析的に考える必要がある。
得か損かという小さなことではなく、結果がどう違うかをなるべく深く考えさせる。

そのための問い方がある.
長くなったので次号に続く。

腹が立つ時には

最近、腹が立つということが減った。 なぜか。 自分自身の怒りを眺められることが増えたからである。 腹が立つ時を考えると、大抵が「痛い」ところを突かれた時である。 もう一つは、自分が否定された、妨害されたと感じた時である。 要は、ほぼ全てが、自己防衛本能の発動である。 ...

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