前号で、教えを受容すべしということを書いた。
しかし、これは師弟関係を例に出して書いた。
つまり、良好な関係性が前提である。
教えられたい人と教えたい人の関係である。
逆に言えば、この関係性がない相手とは成立しないともいえる。
自分が教えられたり指導される側の時を例にして考えてみる。
単純に立場が上という相手がいる。
考えの合わない人かもしれないが、こちらが下の立場という場合である。
従わざるを得ない相手である。
たとえ嫌でもきく。
場合によっては、きかないかもしれない。
これが、関係性の問題である。
「指導的立場にあるから相手が従うべき」というのは、上の立場の側の一方的な論理である。
師弟関係とはかなり意味合いが異なる。
そもそも、ききたくないという関係の相手では、心から受容できない。
逆に、自分が教えたり指導したりする側の時を例にして考えてみる。
これが、教師と子どもの関係である。
子どもにとって教師は、従わざるを得ない相手である。
たとえ嫌でもきく。
場合によっては、きかないかもしれない。
先に出した例の、自分が下だった場合と同じである。
つまり、教えが入るかどうかは、すべて関係性である。
教え方以前の問題である。
アクティブ・ラーニングどうこう以前の問題である。
良好な師弟関係のように、がっちりとした絆で結ばれていれば、何でもすっと入る。
野口先生は「教育の成立条件は信・敬・慕」と明確に仰っている。
「信頼・尊敬・慕う」の意味である。
この関係性がすべてである。
教えを子どもが受容するかどうかも、関係性が全てである。
2015年11月28日土曜日
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