2015年11月19日木曜日

腹が立つのは自分のせい

結果が完全に予想できたら動けないという話を書いた。

しかし、ある程度の予想は必要である。
危険回避を無視した行動は危ない。

予想できた失敗は、防げた可能性がある。
対策をとった上での失敗は、プラスの失敗。
積み上げであり、次に生きる。
一方で、予想して防げたはずの失敗は、マイナスの失敗。
掘り下げで、次も同じかもっとひどい失敗になる。

失敗を予測できたのに、多分大丈夫だろうと鷹をくくったらダメだった。
これは一番後悔する。

苦しいので、原因を色々探す。
あの人が悪いという結論を出す。
そうしないと、自分の責任になるからである。

そうすると、次は相手に腹が立つ。
何でちゃんとやらなかったの!とか言うとこになる。

心の深い部分では知っている。
自分が対策を怠ったためである。
大抵の叱責は、掘り下げると自分が原因である。

他人の悪口をよく言う人は、自信のない人だという話にも繋がる。
周りを下げて自分を上げるという点で先の叱責と同質の行為である。

怒ったり叱ったりすると嫌になるのは、言えば言うほど自分のことだからのことが多い。

怒っても叱ってもいいが、最後は自分の責任だと自省したい。

教育における「おそれ」の必要性

前号で、教育の世界はポジティブ用語を好むという話を書いた。 ポジティブは必ずネガティブと裏表セットである。 教育において、恐怖という言葉は、忌み嫌われやすい。 しかし、安全・安心とルールを担保するために、恐怖は必要になる。 恐怖という言葉にどうしても抵抗があるなら、「こ...

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