2015年6月9日火曜日

素直さを授業の小さな場面で育てる

素直な子どもは幸せになる。
その素地を作るのは、学校教育においては、やはり授業である。
授業は、学校で過ごす時間のほとんどを占める最重要時間である。
その授業の中の、ほんの小さな場面で素直さを育てる。

教師の指示に素直に従えるか。
従いたくないから従わないというのは、見方によっては芯があるかのように思える。
しかしそれは大きな勘違いで、実は単なるわがままである。
今教わっている師を疑いながら、いちいちそんなことを考えたり口ごたえをしたりしていては、成長するはずがない。
教える側が時に間違えることもあるかもしれないが、それ以上に教わる側の判断が間違うことの方が圧倒的に多い。
(そうでなければ、そもそもその人に教わる必要がない。)

少なくとも、人の話を素直に聞かないのは良い性質ではない。
クリティカルシンキングとか多面的に見るとかという話とは、別の話である。

授業の小さな指示に、さっと反応する子どもを認める。
逆に、従わない人はとりあえず放っておく。
あくまで「とりあえず」である。
とりあえずは、従わない困難な群には着目せず、素直な群に着目し認めていくのが集団指導の原則である。
(逆をいくと、学級崩壊まっしぐらコースである。)
そうする中で、どういう行為が良いのかを集団として認識していく。
結果、素直な子どもが育ち、判断に誤りが少なくなる。

子どもは、学校で学んだことを生かして、社会に貢献する存在になり、同時に、本人も幸せになる。
それが教育の力である。
大人は、子どもが本当に幸せになるということを常に考える。
併せて、子どもは大人の背中を見て育っているということも念頭に置いておきたい。
「何を言うか」以上に「何をしているか」である。
大人の側も、常に素直に学び続ける姿勢を見せたい。

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