2015年6月1日月曜日

「嫌アプローチ」にどう対応するか

嫌な感じで近付いてくる子どもがいる。
例を挙げると、
「〇〇なんですけどぉ~」と妙な言いがかりや難癖をつけてくる。
「〇〇してくださぃ~」という無理難題をふっかけてくる。
その他、悪口、暴言の数々。
独特のイントネーションと、「なぜか上から目線」「けだるい風のテンション」が特色である。
私はこれを勝手に「嫌アプローチ」と名付けて呼んでいる。
(ちなみに、大人でもやる人がいる。)

表面的に見ると、ただの嫌な人である。
一般社会で出会う人であれば、できれば関わりたくない。
しかし、子どもであること、そしてなぜそういうことをするかを考えると、対応が変わってくる。

要は、他の関わり方を知らない(またはできない)のである。
嫌アプローチで相手にしてもらった「成功体験」がある。
「感謝を伝える」「助けを求める」「褒める」といった類の正攻法のアプローチが苦手な場合が多い。
その子どもの成長過程で、何か素直になれない背景があったと思われる。

幼児が母親にやたら甘えたり困らせたりするのと根本は一緒である。
関わりの欲求、愛情の欲求が根本にある。
「愛の反対は無関心」の言葉にあるように、本当に嫌だったり興味のない相手にはそもそも近付かない。
何かしら自分に関心を持って欲しいという思いがある。
(暴走族の少年少女も同じである。自己肯定感が著しく低い。)

では、それで受け容れるのかどうかだが、これも考えものである。
ある程度の関係があれば、かなりはっきり気持ちを伝えられる。
そういう風に育って欲しくないと誠実に伝えれば、それでおさまる。

一方、関係性が浅い子どもとなると、やり方が変わる。
信頼関係がない。
まともに対応しても、聞かない可能性がある。

そこで、信頼関係とは別物のところで話す。
例えばいきなり悪口や暴言を吐かれるようなら、「そんなことをあなたに言われる筋合いはない」とぴしゃりと伝える。
「それは社会で通用しない。」ということを教える。
一般社会なら「侮辱罪」「名誉毀損罪」等の立派な犯罪である。
学校が社会に出るための準備の場であるなら、ここが指導のチャンスでもある。
そういう関わり方なら話しかけないで放っておいて欲しいことも伝える。
しかし、その上で、きちんとした一人の人間同士で関わりたいことも伝える。
教えるべきは教え、突き放さない。
相手の根本に「関わりの欲求」がある、つまり根本に正の感情があると思うから、こう対応する。

こういう対応は、毅然とした態度でないとできない。
気合いもいり、正直疲れる。
適当に愛想笑いで誤魔化してやり過ごすこともできる。
しかし、それはその子どもにとって最終的に良い結果を生まないと思う。
正直、相手が相手だけに、かなり疲れるので面倒だが、流さないで指導する。

いつも繰り返すが、人間対人間に完全マニュアルはなく、相手の状況も考慮する必要はある。
もしかしたら、何か嫌なことがあってむしゃくしゃしているのかもしれない。
しかし、こちらの思いを誠実に伝えるというのは、どんな状況のどんな相手でも大切である。

目の前の子どもの将来にとって、本当にどうなのか。
今をしのぐことにだけにとらわれず、大きな視点を持って対応したい。

歴史の鉄則 便利と義務

最近読んだ本からの気付き。 次の本から、一文を引用する。 『サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福』 ユヴァル・ノア・ハラリ 著 柴田 裕之 訳 河出書房新社 http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309226712/ ======...

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