2015年2月11日水曜日

指導と支援のバランス配分

指導と支援のバランスについて。
この二つは、似ているようで違う言葉である。

指導は、現在地より高みを指し示し導くことで、主に教育の分野で使われる用語。
一方で支援は、支える、援助するという意味。
困っている状態から通常の状態になるまで、手を差し伸べて上げることを指す。
介護や軍事などでも使われる用語である。

つまりクラスの「気になる子」は、他の子どもに比べ、指導よりも支援の割合が高めになる。
通常なら問題なく通過できるところで、ひっかかるからである。
具体的な例でいくと、算数なら問題を一緒に解いてあげるといったことになる。
もっと根本的なところだと、休み時間に教科書とノートの用意を手伝ってあげるといったことも支援にあたる。
「算数ができない」という子どもは、算数の学習内容の理解不足だけが問題なのではない。
・ものの準備自体ができない
・はさみやのりを用いた操作活動が苦手
・視点の移動が苦手(黒板の文字のように、自分から遠いところに書かれた文字をノートに写せない)
・落ち着いて座っていられない
など、複合的に問題を抱えていることが多い。
だから、特別な支援をしてあげる必要がある。

逆にいえば、能力的に高い子どもに関しては、指導の割合を高めにする。
具体的な例でいくと、算数なら発展問題を解かせるとか、自分で問題を作らせるといったことが挙げられる。
より詳しい説明を求めたりするのも指導である。
指導しないと、現在のレベルにとどまってしまうからである。

支援は外面へ直接的に、指導は内面へ間接的に、というイメージである。
直接手を出すか、手を出さないで指し示すか、というイメージともいえる。

すべての子どもが学習に参加できるようにする。
子どもによって指導と支援のバランスを変えることが、結果的に「公平」な扱いとなる。

生活全般でいうと、低学年の子どもは、何をどうしていいかわからないことが多い。
だから、支援の割合が高くなる。
一方、高学年の子どもは、自分で動いてできることが多い。
だから、指導の割合が高くなる。

中学、高校になれば指導でも支援でもない「見守る」の割合が高くなるだろう。

関連して、次の言葉を紹介する。

子育て四訓(『日本時事評論』H.P.より引用)
乳児はしっかり肌を離すな
幼児は肌を離せ 手を離すな
少年は手を離せ 目を離すな
青年は目を離せ 心を離すな

けだし、名言である。

歴史の鉄則 便利と義務

最近読んだ本からの気付き。 次の本から、一文を引用する。 『サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福』 ユヴァル・ノア・ハラリ 著 柴田 裕之 訳 河出書房新社 http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309226712/ ======...

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