鹿毛氏の講演の内容の続きを紹介する。
授業の指導案を書く。
または構想を立てる。
大抵の授業は、その指導案通りに進むことを教師が期待する。
つまり、教師の求める解に子どもの解を誘導していく。
これが「予定調和」である。
一方、理想的な授業は、教師の考える解を越えた解が出てくる。
前号の「てぶくろを買いに」の話に出てきたようなことである。
これが「ドラマ」である。
予定調和ではなくドラマを目指す。
そういう授業を先生方にはしていただきたい。
そういう内容だった。
2011年3月7日月曜日
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