私の勤務する地区の、ある校長先生の言葉。
相当な業績を残した方で、人脈も幅広い。
その先生に「心に残る出会いがありますか」ときいてみた。
すると、ちょっと違った答えが返ってきた。
「偶然の出会いの中に、求めるものがあるのかどうか。
偶然を必然にせよ。」
例えば、何かの会に出れば、たくさんの人に出会う。
大きな成功を収めた人にきくと大抵、
「あの時の○○さんとに偶然出会ったお陰で、運命が変わった」という。
もう少し突っ込んできくと、
「たまたま、そのことについて考えていた時に出会った」という。
偶然でも、たまたまでもない。
必然となる準備をしていた、と解釈できる。
常に、何を求めているか。
アンテナを高くしているか。
学級経営とて、同じである。
2014年1月22日水曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
-
名称の謎の話。 小学校で行う跳び箱の切り返し系の技といえば、開脚跳びとかかえ込み跳び。 かかえ込み跳びは「閉脚跳び」とも呼ばれる。 名称が二つあるのは、学習指導要領での表記の変遷による。 以下、体育の豆知識。(興味ない方は読み飛ばしていただきたい。) かかえ込み跳び...
-
教材研究という言葉が一般的である。 教えるために、教師として教材を読むのが教材研究である。 (まるで私がわかった風な口をきいているが、完全に野口芳宏先生の受け売りである。 以下同様。) 教材研究の前にすべきは、素材研究。 教えるためでなく、一読者として作品について調べ、読み込む...
-
前号の続き。 教師にとっては、結構知っておくべき「大切」な事ではないかと思う。 (そして、教師以外の人々には本当にどーでもいい話題であるかもしれない。) 例の如く野口芳宏先生よりずばり。 「課題」は出されたもの。 「問題」は感じたもの。 つまり、教師から与えたものが「学習課題」。...
0 件のコメント:
コメントを投稿