2017年12月27日水曜日

インスタントな「できる」の弊害

拙著『切り返しの技術』に、理科を例にして体験の大切さを書いている。
見学を省略して資料だけで済ませた地層の学習の結果だけが散々だったという失敗例(実話)である。
しかもたちが悪いことに、学習直後のワークテストの時はしっかりできていたのである。
年度末の学力検査の頃になって、簡単な問題を落としまくっていた。

この失敗は、この後の私自身の授業への考え方に大きな影響を与えた。
手っ取り早くインスタントに済ませると、長期的に見てマイナスが大きいのである。

これは、あらゆる教科にいえる。
顕著にわかるのは、算数である。
公式ややり方だけを丸暗記すると、「できる」けど「わからない」という状態になりやすい。
しかも、その「できる」すらも、長期的に記憶できないのである。
台形の面積の公式の丸暗記や、分数÷分数の演算をよく例に出すが、他のことでも同じである。
高校あたりで数学嫌いが出るのも、テストを何とか凌ぐための勉強法を続けたツケであると考えている。

脳科学者の池谷裕二氏は、かけ算九九を覚えていないという。
ただし、答えを導き出す手順を覚えているので、特に不便はないということ。
これは極端な例のように思えるが、本当に賢い人は、原理原則や本質の方をきちんと理解している。

遠回りでも、きちんと理解をして進むこと。
当たり前のようだが、授業をする上で大切なことである。

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