2023年5月14日日曜日

個別最適な学びと裁量権

 教育について考える時、学校教育以外の分野の視点から見ることも大切である。


例えば、看護。

ホスピタリティという言葉はここから来ているため、看護の分野からは学ぶところが大きい。


「個別性のある看護」という言葉がある。


「対象者の状態を望ましい方向へ移行するために、対象の置かれている状況およびその背景を把握し、

それをもとに既存の看護を組み合わせる、調節・変更・改善することで創造される看護」


と定義されている。

(日本看護技術学会誌/8巻(2009)3号「個別性のある看護」に関する概念分析 漆畑 里美 抄録より引用)


これは教育における「個別最適な学び」と共通する部分が多い。

ここには「指導の個別化」と「学習の個性化」の二つがある。

個に応じた学びの機会を提供することの大切さはもはや「常識」として共通理解されていることである。


しかしながら、その「常識」が実現しているかというと、残念ながらそうはなっていない。

どうしても「全体性」への比重が高く、「個別性」への比重が低くなりがちである。

つまりは、個に応じていない。

(少数の教員が一斉に大量の人数に対して教えることが前提となっているので、当然といえば当然である。)


個に応じるということについて、ホテル業界の視点から考える。

ホテル業界の大手、リッツカールトンはその顧客サービスの質の高さで知られている。

「お客様」を一人の個として見るホスピタリティがすごいという。

ここについては、リッツカールトンホテルの元日本支社長の高野登氏が数々の著書で書いている。


例えば、あるお客様が、宿泊中にプロポーズをするつもりだということを聞いたとする。

夕暮れ時の浜辺にテーブルをセットし、シャンパンなどのお酒を用意する。

さらに、いいタイミングでウェイターが指輪を届ける。

担当スタッフの判断で、そんな個別サービスがなされるという。


なぜそのようなことが可能なのかというと、ホテルスタッフに裁量権が与えられているからだという。

そんなことに人員を割いてサービスをすれば、当然様々なお金がかかる。

しかし、スタッフには月々いくらまでならサービスのために必要経費として使えるという規定があるという。

その費用をお客様を喜ばせるための車や人の手配に使ったり、花束のサービスに使ったりとできる訳である。

すごい仕組みである。(もちろん、その分宿泊費もそれなりの金額になるだろうが。)


つまりは、裁量権の大きさである。

スタッフ一人一人が細かくチェックされて同じ動きを求められる状態では、到底実現できない。

上司にいちいち報告しないと動けないようでは、到底実現できない。

スタッフの個としての裁量権の大きさが、お客様を個として見るホスピタリティに直結しているのである。


教育に話を戻す。

毎年文科省ががんばって予算を獲得してくれているが、やはり十分とは言い難い。

国は、色々ありすぎて教育になかなか予算を割けないというのが現実である。

教育において、お金を潤沢に配ってもらえることは到底期待できない。

(そんな中でも、GIGAスクール構想は、例外的なかなりの大盤振舞いである。)


では、何を頂けると有難いかというと、先の裁量権である。

とにかく、管理がきつい状態というのは、他者よりも自分自身に目が行きがちになる。

自分自身が注意されたり叱られたりしないように「警戒モード」に入るからである。

これは、大人であっても子どもであっても同じである。


教師にも裁量権があるほど、子どもに対しての個別最適な学びの機会を提供しやすくなる。

一律に決まったことばかりの中で、違う動きをすることはできないからである。


「揃える」というのも同様。

集団単位として揃えることが多ければ多いほど、個別の裁量権は小さくなる。

そして、裁量権の小さい教師が教える子どもたちへ与えられる裁量権は、更に小さくなる。


個別最適な学びを実現するために、お金が必要なのではない。

裁量権が欲しいのである。

(お金ではない、とは言ったが、学級費の使い方すら裁量権が小さすぎる学校も多い。

4月に買うと決めたものしか年間通して買えないという、裁量権の小さい地域もある。

先人たちによる公費の不適切な使用の前例があるためである。

不正が前の世代で一か所出るだけで、その後の全体への管理締め付けが過剰にきつくなり、それはもう緩まない。)


裁量権があれば、もっと教師の仕事は自由に楽しくやれる。

学級経営でもそれぞれの学級カラーが思い切り出せる。

掲示物から学習規律、行動様式まで細かく一律に決まった学校で、生き生きとした学級実践が生まれることを望むべくもない。

今の時代、それらは本物の「スタンダード(基準)」程度にして、他も選べるようにするのがベターである。


繰り返すが、裁量権の大きさがカギである。

そのためには、個々の教師の側も裁量権を大きく与えられるように、信用と信頼を得る必要がある。

これは、子どもに自由と権利とを教える時と全く同じである。


個別最適な学びを実現するためのツールはICT環境の整備だけではない。

個々の学校の裁量権の大きさ、個々の教師の裁量権の大きさというのも、重要なインフラの一つである。

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