ものの見方、考え方、観の話。
師の野口芳宏先生からの学びである。
何気ない会話の中で、自分には目から鱗だったのでシェアする。
曰く
「比較は常に二者択一」
という。
たくさん選択肢があるようでも、頭の中では常に二択。
ABCと一見三択のようであっても、一度の思考は二択。
この繰り返し。
Aを検討する時はまずBと比較する。
A対Bである。
次にCと比較する。
A対Cである。
この時点で、Aがどちらにも勝っていたら、Aに決定ということで終了。
Aがどちらかに負けていたら、Aに勝った方を選んで終了。
Aが両者に負けたら初めてB対Cの検討である。
ABCというたった3つの場合でこれである。
ABCDの四択になったら、複雑度は飛躍的に跳ね上がる。
だから、授業でも○か×かと問うのが最も思考を集中させられる。
三択以上は、思考が拡散しすぎるのである。
だから、訳がわからないぐちゃぐちゃ授業になる。
早い段階で絞るべきである。
たかがこれだけのことなのだが、私には結構な衝撃だった。
「だからどうした」と思う人もいるかもしれない。
しかし、私には
「どうしようかよく考える」
「比較検討する」
ということの実態が掴めていなかった。
突き詰めるとこの二者択一の繰り返しなのだとわかった喜びは、言い表しようがない。
真理は、常にシンプル。
○か×か。
やるかやらぬか。
この繰り返しである。
2018年4月28日土曜日
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