2020年3月13日金曜日

マスクの買占め行為はウイルス的行動

昨今のマスク騒動について。

厚生労働省等の主要機関から、次の注意喚起ポスターが出された。
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000594878.pdf

こんなことを国が先導しないといけないような事実は、情けない限りである。
災害の度にこの手の買占め騒ぎ。
災害時には世界の賞賛を浴びた日本というような内容の道徳教材もあり、それは事実だったはずである。
日本人としての誇りは、一体どうなってしまったのかと残念に思う。

教育メルマガという視点から、雑感(というより憤り)を述べる。

知っている人は知っていると思うが、私はマスクを付けることが苦手である。
呼吸がしづらいし、何より顔の半分が隠れて表情が伝わらないのが嫌なのである。
だから、日常から付けない。

その代わり常に在庫はある。
風邪の時には、必要だからである。
今のような異常でない日常生活の中では、普通に手に入るから、元々の在庫として、いつも通りある。

ちなみに、今の私には不要である。
極めて健康な上に、主に移動は車だし、感染者に濃厚接触するような集団に入る機会も考えられない。
一方で、風邪気味の人や、満員電車通勤の人が、今の時期だけは欲しいというのは、わかることである。
世の中のマスク需要が高まっていること自体は間違いない。

今はアルカイックスマイルがデフォルトの客室乗務員ですら、マスク着用が義務である。
機内は密室だから、当然ではある。
接客等でマスクを付けざるを得ない職種というのは存在する。
また、医療関係等、日常からそれが義務付けられている職種もうなずける。

しかしである。
先のポスターにもあったように、買い占めることで、これら必要な人に行き渡らなくなる。
マスクを今絶対に付けないといけない人の割合は、そんなに多くない。
本当は、全く不要な人が付けたり、「念のため」在庫として貯めこんだりしている訳である。

また、これを転売して儲けている人もかなりいるようだが、地獄行き確定である。
人を騙したり苦しめたりして儲けたお金が人生を幸福にすることはない。

震災の時にもそういう輩がいたが、鬼や悪魔というのはあの世ではなく、人間の世界にいるものである。
そして、マスクを不要なほど多く買ってほくほく安心している人は、これら転売業者の悪の片棒を担っている「悪魔の手先」である自覚が必要である。

高額で買う人がいるから、不当に値上がりし、不当な商品が出回る。
残念ながら、買っている本人はすごく悪いことに加担している自覚が全くない。
悪質ペットショップが日本にはびこる問題と、本質は同じである。
善意や愛(正確には自己愛)に基づいた悪が、自覚がない分、最も悪質である。
知らない内に悪魔の使い、手先になっているといえる。

さて、マスク不足問題の本質に戻る。
転売屋は別として、多くは我が身と家族を守るという「純粋な思い」(自己愛)のためにマスクを不当に多く購入している訳である。
これが、先のポスターにあったように、本当に必要な人に回らないという事態を引き起こす。

「感染防止」の視点から、ロジカルに考えて、「つけてもらわないと絶対に困る人」は誰か。

単に満員電車に乗る人たちではない。
客室乗務員等の接客業の人や、医療関係者ですらない。
これらは、どちらかというと、自分自身の気分と、周囲の目の問題である。

せきやくしゃみの出る、風邪気味の人が付けるべきである。
体調が悪いなら、マスクどうこうより、そもそも外に出ない方がよい。
(こういう時に「がんばる」人が一番迷惑である。)

そして何より、言わずもがな、キャリアを含む感染者自身である。
次点でその家族、最後に念のため程度が、そのごく身近にいる人々である。
絶対に必要な人は、予防を含めても、全体の割合としてはごく少数派である。

この人たちに、マスクが届かなくなる。
どうなるか。

行きつく先は結局、感染者の増加である。
結局、我が身かわいさでよかれと思った行為が、巡り巡って、自分自身と家族の感染リスクをも大幅に高めている訳である。
その人たちが不要にためこんだ(そして多分使われることはない)マスクがあれば、不幸が防げたかもしれないのにも関わらずである。

前にも書いたが、一人に1ずつなら、市場のマスクの在庫も生産も十分に間に合うのである。
一人が2以上抱え込むから、在庫が足りなくなって、混乱を引き起こすのである。

世界中のマスクが足りないのではない。
足りていないのは、知性の方である。
まず算数ができていなくて、同時に道徳もできていないのである。

ちなみに、感染者ではない人がマスクをつけても、空気感染を防ぐ効果はほぼ期待できないと厚生労働省でも報じている。
「自分の顔を触りにくくなる」以外の効果はほぼ皆無であり、ほとんどの場合非感染者は着用自体が不要であるといえる。
(ただし、関係ない人も付けていることで、本当に必要な人もつけようとするので、予防できているという面はある。)
マスク着用は、感染者自身のためというのが、いの一番の意味である。

「他人に感染させない」という観点から、予防として全員がつけるべきだというのであれば、納得できる。
だとしたら、他人の分まで横取りしたら、余計にリスクが高まる。

つまり、マスクの買占め行為は、感染者(キャリア)のマスク着用機会を阻害する。
買い占めることで、ウイルスの感染拡大を助けている、ウイルス仲間ともいえる。

この行為自体が「悪いものが感染して増え続ける」というウイルスの性質そのものを現わしている。
ウイルス自体に感染していない人間がウイルスに操られ、その人間こそがウイルス化しているといえる。

情けない話である。
実際にウイルスに感染して苦しんでいる人よりも、心の方を勝手にウイルス感染させてしまっている人が大量発生している。

これは、普段から日常的な道徳として子どもたちに教えていることである。
「隣の人が不幸になったら、その隣の人も不幸になって、やがて自分が不幸になるんだよ」
「自分だけがいい思いをして助かるということはあり得ない」
「助け合うというのは、実は自分のため。教えてあげるというのも同じ。」
「日常がすべて」
・・・

しかしながら、大人のこの行動を見て、子どもは何を学ぶのだろうか。
その子どもたちは、どんな大人たちになっていくのだろうか。

いじめをなくそう。
自分の頭で考えよう。
協力することが大切。
主体的で対話的で深い学びをしよう。
・・・この社会の大人を見て、馬鹿騒ぎを見て、これらの言葉が信じられるか。
全部、机上の空論であると教えていることになる。

学校の先生を批判してもいい。
確かに、どうしようもない先生も中にはそれなりにいるかもしれない。
ただ、子どもの価値観は、一番身近な大人である親や社会の大人の影響を強く受けているということを忘れてはいけない。

今、日本だけでなく、世界が、エゴにまみれた地獄絵図の様相を呈している。
それは、ウイルスそのものではなく、人間の所業によるものである。
日本は3.11から10年目にして、この何の反省もない現状では悲しすぎる。

子どもたちに、こういう世の中を見せるのは、もうこれを区切りに終わりにしたい。

0 件のコメント:

コメントを投稿

  • SEOブログパーツ
人気ブログランキングへ
ブログランキング

にほんブログ村ランキング