令和の時代の教育について。
教育には、競争原理が多分に取り入れられてきた。
受験に至っては「戦争」という物騒な名称がつくこともあるほど、教育と競争は根深い関係である。
(私自身の考えとしては、受験は自分自身との対話と比較であり、その分には結構ではないかと思っている。
偏差値70の学校に行きたければ、実は他者は関係なく、偏差値70の学力と人間性を、自分につけるだけである。)
教育における競争が有効な場合。
それは、例えばスポーツの世界である。
「切磋琢磨」という言葉がぴったりくるような関係なら、大いに結構である。
ライバルと互いの技を競い合うというような真剣勝負は、楽しいものである。
しかし、これが間違って取り入れられてきた経緯もある。
他人に勝つことを第一に考えられた教育。
隣の学級は敵。
勝てば官軍負ければ賊軍。
そういう学校風土が各校に実際にあったことは否めないだろう。
そして、周りの声を聞く限り、それは今でもたくさんあるのではないかと推察する。
(部活動においても、間違った競争が未だに繰り広げられているような学校もある。)
競争に勝つより、競争しないで済む方法を考えられる人になることが大切である。
奪い合うより、分かち合うようにするにはどうすればいいか。
助け合うにするにはどうすればいいか。
「競争」よりも「協奏」「協創」を考えられる人を育てていくべきである。
経済の視点からすると、反対されるかもしれない。
しかし長い目で見て、競争力(=人口)の低下を回避できない日本が生き残るには、こちらである。
他者の視点で見て、人に喜ばれることを協力して創造していく力が必要である。
数の上でアジア諸国に圧倒される日本が、同等の価値を生み出すにはこれしかない。
学校の日々の授業は、競争をさせているか、協奏し協創をさせているか。
前号で示した「学級担任の交替制度」も、この視点からである。
これからの日本の未来のためにも、今までの教育の在り方を、根本から見直していきたい。
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