東京教師塾での学びからの、自分なりの気付きをシェア。
目的に対しマクロ視点、ミクロ視点それぞれでみる、ということを学んだ。
今目の前にいる子どもに何か教えるとする。
教育は人格の完成が目的。
一番大きな視点(マクロ)でみると、それが世界を良くすることにつながる。
少し小さめの視点(ミクロ)でみると、その子の人生が良くなることにつながる。(これは、逆も有り得る。)
もっともっと一点を拡大してミクロ視点でみると、それが様々な具体的な像として見える。
かなり短絡的な例だが、ミクロに落とし込むと次のようになる。
自信がつく→学力の向上→算数ができる→計算ができる→九九ができる→7の段ができる→・・・
逆の見方もできる。これも短絡的な例だが、ミクロ→マクロという視点を広げる方向。
逆上がりができる→成功体験をする→自信がつく→自分を磨くようになる→・・・→人格の完成→・・・
(実際、生きていく以上、人格は完成しない。あくまで迫るだけ。)
マクロに見た「何のため」というのは、一点の「目的」。
ミクロに見て具体的行為まで落とし込むと、目的への道標となる「目標」になる。
大きなマクロ視点で「未来」の像を持ちつつ、ミクロ視点で「今」目の前の子どもに何をすべきか考える。
この考え方は何かにつけて使えると思うので、紹介してみた。
2014年7月3日木曜日
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