東京教師塾での学びシェア。
前号の「負荷を高め続ける」と関連しての話。
ここでの学びを、自分自身のここまでの経験と「ブリッジング」(=関連づけ)してみた。
人は、自分のできること(尺)を下げると、くさる。
実力よりも低い負荷で続ければ、実力はどんどん落ちていく。
「現状維持」と思っている場合、実は大抵、じりじりと落ちている。
誰にでもある経験だと思う。
身体については、目に見えるのでわかりやすい。
では、負荷は誰が与えてくれるのか。
本来は、「セルフマネジメント」として、自分でやるべきである。
だが、実際はやれない。
私の師事している野口芳宏先生は
「他律的自律」
という言葉を提唱している。
つまり、他からの強制によって、自分自身を律する。
それも一つの「自律」の姿ではないか、という考えである。
負荷を高めてくれそうな場へ飛び込むのは、自分でできる。
その時に必要なのは「決意」だけ。
「やる」という選択だけ。
何か誘われた時に、あれこれ理由をつけないで、0.2秒で「ハイ」と返事。
「頼まれたら断らない」というのも、野口先生の言葉の一つである。
あれこれ理由をつけて、逃げない。
実害がないものなら、OKしてやってみる。
「人生の最後に後悔するのは、やったことでなくやらなかったこと」
という名言もある。
負荷を高め続けられる環境に意図的に身を置くようにしたい。
2014年7月15日火曜日
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