2020年1月14日火曜日

成人式と学級経営

昨日は、成人の日だった。

毎年書いているが、「荒れた新成人」は、メディアによる虚像である。
正確には、レアケースを騒ぎ立てることで、被害を広げたマスメディアの生んだ罪悪である。
参考記事:まぐまぐニュース『99%の新成人が大迷惑。「荒れる成人式」を作り出したいのは誰か』
https://www.mag2.com/p/news/233908

改めて書くが、この社会構造は、学級崩壊を起こす教師の思考構造と全く同じなのである。

それは「不適切な行動への過度な着目」である。
それは、不適切な行動への報酬である。
周りの「適切な行動」をとっていた子どもたちも、それを見て学ぶ。
「なるほど。不真面目にしていた方が、先生は相手してくれるんだ。」

この後、どうなるか。
言わずもがなである。

昨今は、わざわざ動画つきで解説しているようである。
みんな、混沌(カオス)が大好きなのである。
「荒れ」を後押ししているといえる。

普段の報道を見てもそれは同様である。
陰惨で残忍な事件やスキャンダルは大々的に「ひどいですね」「とんでもないですね」と正義の剣を振り上げながら報道される。
しかしどこか、嬉しそうでもある。
事件を起こした当人と同様かそれ以上に、醜悪である。

人々と良い関係を築きながら実直に生きている人々の平和な暮らしは、報道されない。
大衆(マス)は、派手で悲惨な事件が心の底で大好きなのである。
スキャンダル中心の週刊誌が長年廃刊されずに存続している事実が象徴する通りである。
お金を払ってまで見たいのである。

一方、大学生を見ていて思うが、本当に真面目な人が多い。
文化が変わったせいでもあると思うが、飲酒で失敗する人も、上の世代に比べて圧倒的に少ないようである。
多分、バブル期やその周辺世代に比べて、かなり慎まやかで謙虚な人が多い印象である。

それに大昔から「荒れ」ている成人は少数ながらいたのである。
織田信長に限らず「大うつけ」はどの時代にも必ずいる。
信長は天下統一したほどの人だから語り継がれているだけで、「どうにもならない大うつけ」の方がはるかにいたはずである。

何が言いたいかというと、今回は学級経営の話なのである。
「不適切に着目しない」
「真面目な人に損をさせない」
この大原則を守ることが、一番成功しやすい鉄板の学級経営方針である。

成人の日は、未来を担う素晴らしい新成人たちに、エールを送る日にしたい。

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