先日学級の「朝の話」でした話。
仏教における「天国と地獄」の話をした。
↓参考URL 仏教辞典 「三尺三寸箸 極楽の箸はなぜ長いのか」
https://bukkyouwakaru.com/dic/s34.html
私の学級の朝の会は円座して行うので、「円卓」という設定での話をした。
この話の概要は以下の通り。
1 地獄も天国も円卓の中央にご馳走が並んでいる
2 1m以上ある長い箸でしか食べられない
3 地獄の住民は自分が食べようと箸を振り回して周辺の人を傷つけ、自分も食べられず、けんかをはじめる
4 天国の住民は向かいの相手を優先して「どうぞ」と互いに食べさせ合う
簡単いうと、これだけのたとえ話である。
伝えたい内容としては
「地獄か極楽かを決めるのは、モノではなく人」
ということである。
どんなモノに囲まれた環境であれど、優しさと思いやりの溢れた人が集まれば、そこは天国になる。
競争心と我欲に溢れた人が集まれば、そこは地獄になる。
人間界は、それらが入り雑じっている。
天国は、作れる。
地獄も、作れる。
学級も職場も家庭も同じである。
誰がいればいいとかあの人がいるからダメだとか言っている間は、自分自身が地獄をつくっている。
自分は何ができるのか、人を思いやって考えて動けば、自分自身が天国をつくっている。
「譲る」が本質的に幸せにつながるという所以である。
2019年11月30日土曜日
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