先月の仕事術セミナーで、参加した方にお勧めされて読んだ、次の本からの気づき。
ものの見方が変わる 座右の寓話
戸田智弘著 ディスカヴァー・トゥエンティワン
http://www.d21.co.jp/shop/isbn9784799322048
この本の中に、こんな寓話がある。
きこりの話。
ある日、きこりが1日で誰よりもたくさんの木を切り倒した。
親方に褒めらて、気をよくして翌日はもっとがんばった。
結果は、1日目の半分しか切れなかった。
もっとがんばらないといけないと思い、3日目以降はますますがんばった。
しかし、成果はどんどん落ちていく。
そして、親方に相談すると、次のように言われる。
「最近、斧を研いだのはいつだ?」
「忙しくて、斧を研ぐ暇はありませんでした。」
大体、そんな話である。
これは、現実の多忙と残業の仕組みにそっくりである。
そう、頑張れば頑張るほど、成果も能率も落ちる。
なぜなら、適切な休養をとらないで、健康を害しているからである。
目に見えて病気の人は、病院にかかるからまだいい。
問題は、一見しても見えない病気である。
脳の受けているダメージは、見た目ではわからない。
例えばスマホの画面の見すぎによるダメージは、深層部で起きているので、気付かない。
見た目でわからなくても、ボクシングのボディーブローのようにじわじわ効いている。
(蓄積されたボディーブローによるダウンは、地獄の苦しみだという。)
身体のメンテナンスが何よりも大切である。
「空気の抜けたタイヤのままで自転車を懸命にこぐ」という話を書いたことがあるが、あれと同じである。
これは、賢明でない。
懸命より、賢明。
多忙で頑張りすぎの教師には、特に強調したいところである。
2018年3月28日水曜日
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