最近読んだ本からの気付き。
次の本から、一文を引用する。
『サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福』
ユヴァル・ノア・ハラリ 著 柴田 裕之 訳 河出書房新社
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309226712/
===============
(引用開始)
歴史の数少ない鉄則の一つに、贅沢品は必需品となり、新たな義務を生じさせる、というものがある。
(引用終了)
==============-
これは「歴史の鉄則」であるという。
つまり、これから起きることにも当てはまる。
本の中では農耕の導入から現代のコンピューターに至るまで、様々な具体例を挙げている。
「贅沢」「より楽な暮らし」による生じる義務や苦しみである。
郊外の豪華な家と車、良いワインと国外での高価なバカンス、それがないと人生ではないという強迫観念。
洗濯機、掃除機、食洗機、スマホで時短は加速し、余裕ができるどころか、短い時間でより多くをこなす義務を生じさせる。
「お手紙」なら届くのを何日もわくわくしながら待てるところも、「即レス」を求められる時代である。
そこに手紙のもつ独特の心の安らぎはなく、代わりに台頭するのは「ねば」「べき」の義務感である。
「既読」なのに即レスしないのは相手を無視しているのと同様の失礼な行為とみなされる。
実際、そこまで考える人ばかりではないのだが、勝手に頭の中で想像をふくらまし、苦しむ。
これからの時代、コンピューターは隆盛し続け、ますます「便利」で「贅沢」な暮らしが待っている。
国内外の行き来もどんどん壁が低くなり、国際化が進む。
この必要に伴い「英語」「プログラミング教育」も導入・強化されていく。
「便利」になるから、「当然」やることが増える訳である。
「歴史の鉄則」である。
要は、便利さとか楽を求めていくと、より苦しむ道にはまり続けるということである。
「忙しい」と感じている現代人は、これからますます「便利」になるのだから、死ぬまで忙しさと義務感が加速し続けるだけである。
私は今回、『「捨てる」仕事術』という本を書いた。
https://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-171335-5
「時短の本」だと思われるかもしれないが、全く違う。
「べき」「ねば」の常識を捨てようという提案である。
忙しいというのが自分自身の作り出した「神話」であり、異常事態だと気付こうという提案である。
どんなにスピードアップしても、その分仕事は無尽蔵に増えるのである。
力尽きて倒れる前に、捨てるしかない。
冒頭に紹介した全世界ベストセラーの本とはとても並べられないが、私の本もぜひ手に取ってみて欲しい。
本を書くことで、誰か一人のためになれたら、と願う。
それは、どんな本にも込められた、同じ願いだと思う。
2017年11月23日木曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
-
名称の謎の話。 小学校で行う跳び箱の切り返し系の技といえば、開脚跳びとかかえ込み跳び。 かかえ込み跳びは「閉脚跳び」とも呼ばれる。 名称が二つあるのは、学習指導要領での表記の変遷による。 以下、体育の豆知識。(興味ない方は読み飛ばしていただきたい。) かかえ込み跳び...
-
教材研究という言葉が一般的である。 教えるために、教師として教材を読むのが教材研究である。 (まるで私がわかった風な口をきいているが、完全に野口芳宏先生の受け売りである。 以下同様。) 教材研究の前にすべきは、素材研究。 教えるためでなく、一読者として作品について調べ、読み込む...
-
前号の続き。 教師にとっては、結構知っておくべき「大切」な事ではないかと思う。 (そして、教師以外の人々には本当にどーでもいい話題であるかもしれない。) 例の如く野口芳宏先生よりずばり。 「課題」は出されたもの。 「問題」は感じたもの。 つまり、教師から与えたものが「学習課題」。...
0 件のコメント:
コメントを投稿