最近、腹が立つということが減った。
なぜか。
自分自身の怒りを眺められることが増えたからである。
腹が立つ時を考えると、大抵が「痛い」ところを突かれた時である。
もう一つは、自分が否定された、妨害されたと感じた時である。
要は、ほぼ全てが、自己防衛本能の発動である。
子どものケンカパターンを見ても同じ。
終始、お互いが「自分が悪くなくて相手が悪い」という主張である。
これをしている限り、永遠にケンカは終わらない。
最近、自分が腹を立ててる時に
「お。腹立ててるな。」と気付くことが増えた。
そうすると、腹を立ててるのが馬鹿馬鹿しくなる。
必ずしもこうなるとは限らないが、結構効果がある。
例えば教室で子どもが、望ましくない言動をする。
例えば電車の中で、望ましくない言動にあう。
そうすると、自分の中の「正義」が発動したがるのが感じられる。
お、出てきたね、と眺める。
そうすると、すっと引っ込む。
眺めると、色々と面白い。
何に自分が反応しやすいかわかる。
議論に負けるのが嫌なのは、自信がないからである。
車内で大きな喋る人が人が鬱陶しいのは、電車を自分のものだと思っているからである。
(それにしても、最近、よく酔っぱらいのおじさん集団によく当たる。
グリーン車に乗っても当たる。
試されてるとしか思えない。)
周りに起こる状況は、すべて修行である。
状況にとらわれないようにしたい。
2017年11月21日火曜日
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