1年生からの学び。
1年生の中の「常識」について。
ある日の朝のスピーチ。
ある女の子が、次のように話し始めた。
「みなさんしってるとおもいますが、
きのうはわたしのおとうとのおたんじょうびでした。」
「いやいや!それみんな知らないでしょ!」
というツッコミを心の中でいれたのは、私と実習生たちだけだったようである。
(私は後ろを向いて笑いをこらえるのに必死だった。)
そう。
1年生のみんなは、真剣な顔をして聞いていた。
「まずい。私、知らなかった・・・」
そんな顔をしている。
恐ろしいほどに、素直なのである。
ここから、1年生の中の「常識」の在り方がわかる。
つまり
「私が知っている」=「みんなも知っている」
なのである。
だから何でも心から
「知らないの~!?」
となる。
そう。
私の中の常識は、みんなにとっても常識という認識。
真実は「私にとっての常識は、みんなにとっての非常識」である。
ちなみに、別のある日のお誕生日関連のスピーチの時には
「ケーキを食べた」
という話があった。
その時に出た質問が
「ケーキは何段でしたか」
である。
私の心の中のツッコミは
「いやいや、結婚式じゃないんだから、1段でしょ普通!?」
である。
それに対する回答は
「2段です。」
(2段あるんかーーーい!?)
のけぞって椅子からひっくり返りそうになった。
よく考えたら、ケーキでそもそも段数の概念を考えないというのは「我が家の常識」である。
後から考えて
「5段です」
とか言われなくて良かったと思い直すことにした。
真面目な話。
1年生を理解しようとする時、この考え方は大切である。
「常識」が違うということは、認識が違う。
つまり、もしかしたら、話が全く通じていないかもしれない。
大変ためになる子どもからの学びだった。
2018年12月5日水曜日
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