非常識という言葉がある。
変わり者という意味でも使われるが、割と否定的な言葉である。
あくまで「常識」を知っているであろう前提であることが多い。
ある本で「無常識」という言葉を見た。
常識が無い、つまり、前提がない状態である。
教えてもらってない状態である。
要は、本当に知らない状態である。
組織内での無常識は、本人よりも教える立場にある人の責任である。
特定のコミュニティ内でしか通用しないものは、当然知らない。
例えば、教育実習生は無常識状態である。
学校職員の細かいルールなぞ知る由もない。
それは、こちらがきちんと教えるべきことである。
本来、気付いたり発見するものではない。
子どもは、家庭環境にもよるが、無常識状態である。
知らないから、教える必要がある。
それを教えないで、できないから叱るということをされては子どももたまらない。
その行為は非常識なのか、無常識から来るものなのか。
いずれにしろ指導はするが、見極めが肝心である。
2016年8月14日日曜日
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