メルマガだとタイムリーだったのが、うっかり投稿し忘れてた。
節分の話。
悪い心を「鬼」に見立て、追い出す風習である。
私も、毎年必ずやっている。
そして、毎年必ず、「鬼」について考える。
怠け心、無礼、不誠実、色々いる。
鬼は、悪い奴だから、やっつけられるのである。
それらの「鬼が悪い」と決めたのは、人間である。
悪のアンチは善。
善は個人的なので、「正義」に置き換える。
正義。
英語では「justice」。
西洋占星術のタロットカードに、このカードがある。
右手には権力を表す剣を持ち、左手には平等と正義を表す天秤を持つ。
裁判所に目隠しをした女神の像があるが、それである。
見た目では判断が曇るので、心の目で見るために、目隠しをしている。
ところで、教室の正義は、誰が司るのか。
天秤は、剣は、誰が持っているのか。
全て教師が持っている状態は、辛い。
かといって、剣を子どもに渡すわけにはいかない。
できれば、剣は持っているだけで、極力使わないのがベストである。
全体のバランス(秩序)を保ちつつ、裁く行為は極力控えたい。
「悪いこと」をする子どもにも、その子どもなりの理由がある。
それを聞いた上で、「悪いこと」とは何かを教え諭すようにしたい。
大体、他人様を正しいとか正しくないとかどうこういう以前に、自分自身が正義かどうか、甚だ怪しい。
善と悪。
白と黒。
しかし、実際の世の中は、グレーがほとんどである。
グレーな事象に対し、どう反応するか。
正すこともあれば、見逃すこともある。
学級経営は、そんなことの繰り返しであるように思う。
自分の中の軸は大切にしつつ、相手の正義にも思いを馳せるようにしたい。
2016年3月2日水曜日
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