一流。
いい響きである。
一番は一人でも、一流はたくさんいる。
一流の人は違う。
何が違うのかというと、何もかも違うのである。
いや、違うからこそ、一流なのであろう。
ならば、それを観察し、真似すればよい。
例えば、次のような発見があった。
一流の人は、みんなが諦める時ほど、全力。
野球を例にする。
普通の選手は、大差で負けている試合で、ぎりぎりの盗塁はしない。
一流選手は、そこで盗塁する。
そこで一つ進塁したところで、大差に変わりはない。
しかし、そこで敢えて盗塁するのが、一流選手である。
その小さな突破口から、大きく穴が空くことが往々にしてある。
サッカーなら、どう見てもゴールラインを割りそうなスルーパスを出された時。
普通は、諦める。
そこを、「馬鹿みたい」にダッシュして追う選手がいる。
100回に1回かもしれないが、芝の関係等で、ボールが一瞬止まることがある。
この千載一遇のチャンスをものにできるのは、無駄かと思うボールを追っかける選手だけである。
営業の例。
アフリカのとある地域で靴を売ってこいと言われた時。
普通の人は「この地域の人は、靴をはきません」といって、一足も売らずに帰ってきた。
ある一流の営業マンは「この地域の人は、靴をはかないため、いくらでも売れます。」といって、市場開拓をした。
お陰で、その地域の人はみんな靴をはくようになったという。
結論。
一流に近付くためには、みんなが諦める時がチャンス。
反対されたり、無駄だと言われる時がチャンス。
一流に倣って、そんな時こそ諦めずに全力を出したい。
2016年3月9日水曜日
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