昨年の、赤坂真二先生からの学び。
参加者から次のような質問があった。
「どこまで子どもに任せていいものか悩みます。」
この質問への回答が明快だった。
「子どもが自分でやれることなら、全てやらせればいい。
やれないことだけ助けてあげる。」
そう、子どもにとって、本当にためになることをすればいい。
やってあげすぎは、依存心の強い子どもや、不遜な子どもが育つ。
子どもだって、本能的に人の役に立ちたいのである。
自己有能感、自己有用感を持ちたいのである。
その機会を教師が奪ってしまっていないか。
その「子どものため」の行為は、本当に必要か。
やってあげる前に、一度振り返りたい。
2016年1月6日水曜日
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