苦手の克服を本人がしたいと思っている場合の指導。
例えば、算数が苦手で苦戦しているとする。
運動でも何でもいい。
とにかく、苦手分野があるとする。
放っておけば、ずっと苦手なままである。
ただ、これでも問題ないこともある。
算数が苦手なままで立派に社会で働いている大人はごまんといる。
英語が苦手という人でなら、多分もっといる。
器械運動の各種の技、例えば逆上がりができないまま大人になっている人もたくさんいる。
それでも何とかなっているのが現実である。
それでも何とかして助けてあげたい場合。
まず、手取り足取り指導することが一つ。
次に努力を促すことが一つ。
ここまでは通常必ずやる。
次のステップが大切である。
待つこと。
結果を焦らないこと。
蒔かぬ種は生えぬが、蒔いたからにはいつか生える。
また、大木を目指すのであっても、最初は小さな芽である。
ゆっくり成長する。
せっかく伸び始めようとしているのに、余計に手を加えて無理矢理伸ばそうとすれば失敗する。
新芽が出るのが他と比べて遅いからといって、土を掘り返すようなものである。
生長が遅いからといって肥料を余計に与えるようなものである。
そんな下手をうてば、あっという間に枯れる。
待つこと。
子どもの成長を願うが故に、逆に難しいことである。
しかし、「育つ」というのは、自発である。
見ている方は、忍耐がいる。しんどい。
それでも、サボテンの花のように、ずっと外から見た変化がなくても、いつか突如花開く時が来るかもしれない。
待つこと。
私自身、2016年のテーマにしたいものの一つである。
2016年1月18日月曜日
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