以前にも少し紹介したこともある言葉「他律的自律」について。
例の如く、野口芳宏先生の言だが、自分のフィルターを通してお伝えする。
自律できることが望ましい。
早起きをし、食べ過ぎない飲み過ぎない、適度な運動に学習。
「それができるなら苦労はない」という感じである。
(特に「飲み過ぎない」は、最も難しい。
あの時、いつも活躍してくれる「論理的思考力」はどこへ行ってしまうのか・・・。)
そこで、進んで「他律的自律」を取り入れる。
要は大変そうなことに敢えて突っ込むということである。
逃げたいのに逃げられない状況に自分を追い込む行為を指す。
例えば、何かの学習会に入ったり、習い事を始めること。
(この時の初期投資費用は、高いほど続けやすく、低いほど始めやすい。一長一短である。)
周囲への宣言も他律的自律につながる。
「甘い物控えます宣言」とか、「禁煙宣言」とか色々ある。
(ただ、この二つが守られにくいのは、宣言してもお店で簡単に手に入る点である。)
自分の例でいく。
例えば、このブログ。
勝手に「二日に一回更新します」と宣言してみた。
宣言しなければ、読者の皆様も「時々届く」程度に見てくれる。
しかし、宣言して三日も四日も更新しない時があると、有難いことに「最近、大丈夫ですか?」と心配される。
つまり、宣言によって「他律」が入る。
進んで他律されているから、自律して早起きしてブログを書ける。
私のように、生来だらだらしている人間には、他律による自律が最適である。
別の例。
例えば、セミナーに申し込むか迷う場合。
3月。忙しい気がする。
「この忙しい時期にセミナーに出て学んでいる余裕はない」などと思う。
「行かない方がよい」理由が、100思い浮かぶ。
ここを、敢えて飛び込む。
そうせざるを得ない状況に自分を放り込んでしまい、他律してもらう。
とにかくスケジュールに組み込んでおき、腹を括る。
当日は、それほどまで高くないテンションのまま、会場に辿り着く。
そうすると、払った代価の分以上に、得るものが返ってくる。
「忙しい時ほど飲みに行け」とは、私の尊敬する先輩の言であり、ここに共通するものがある。
いい意味で、開き直れる。
他律的自律。
進んで人に律されようとするのは、自律の一つ形である。
2015年3月13日金曜日
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