熱を出した。
39度を越える高熱が2日続いた。
どんなに高熱でも、1日で治るというのが常だった。
単なる風邪で2日高熱が続いたのは、小学生の時以来である。
さすがに辛かった。
また、なぜか「土日に発熱」という傾向が強かったのが、平日ど真ん中になってしまった。
2日間も学校を休まざるを得なくなってしまった。
出席するはずだった大切な会もパスせざるを得なくしてしまった。
残念な話である。
さて、熱を出したり大きなケガをすると、必ず2つのことを思い出す。
似たようなことを書いたことがあるが、忘れてしまうことなのでまた書く。
一つは、日常への感謝である。
当たり前のことへは、感謝しにくい。
空気のように当たり前にあるものには、存在すら意識しない。
なくなった時に、初めてその大切さに気付く。
風邪を引くと、身に染みる感謝がたくさんある。
まず何より、健康。
「普通に立って歩ける」ということは、有難いことである。
「痛みにさらされていない」ということは、有難いことである。
自分の体を苦もなく自由に動かせることは、当たり前すぎて有り難さに気付かない。
次に、家族。
一人でセルフ看病をしたことのある人は分かると思うが、何をやるのも辛い。
特に、食事など、面倒この上ない。
飲み物や薬が足りなかったら自分で買い物に出ないといけない。
氷枕の用意も交換も、病気の時は何もかもが面倒である。
これを一手に担ってくれる家族がいるのは、この上ない有り難さである。
心配してもらえるのも有難い。
よくよく考えると、病気でない時も、普段から何もかもやってもらっていることに気付く。
感謝が足りていないことに気付く。
職場もそうである。
熱が出たと言えば、管理職から同学年まで誰しもが「ゆっくり休んで寝てなさい」と言ってくれる。
「這ってでも来い」などという人は誰もいない。
必要な時に快く休んでいいと言ってくれる職場にいる有り難さも、気付けていない。
学年のサポート体制も然りで、いつも当然のように色々なことをやってくれている。
有難い限りである。
さて、「感謝」と併せてもう一つ気付くのが、「予防」の大切さ。
予防を軽視した慢心が失敗を生む。
今回の件に関していえば、一週間前から喉がかなり痛かった。
いつもなら「一病息災」の原則で即耳鼻科なのだが、あいにく少しばかり忙しかった。
「大丈夫、大丈夫。」で乗り切って時間を節約したつもりが、この様である。
少しの先手(予防)を怠ったために、大きな代償(治療)を払うことになった。
学級経営にも通ずる話である。
失敗は成功のもと。
神様からのメッセージだと思って、改善していきたい。
2014年10月4日土曜日
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