前号の続き。
子どもに学歴は必要か。
結論、これは「必要な人と必要でない人がいる」というのが正直なところである。
確かに、学歴が全く意味をなさない職業もある。
特にユーチューバーやブロガーなど、近年新たに誕生した仕事には、学歴はあまり意味がないかもしれない。
起業家の中にも、中卒、高卒の人が結構な数いる。
しかも、これからさらに多くの職業が生まれ、既存の仕事がなくなっていくというから、先が全く見えない。
一方で、学歴が必須であったり、確実に強みとなる仕事も山ほどある。
少なくとも「就職活動」を考えるのであれば、かなり意味がある。
東大卒だから優秀とは限らないかもしれないが、東大に入れるだけの学力をつける努力をする力は、並大抵のものではない。
十分に採用の際の参考になる。
だとしたら、教員は何をすべきか。
これは、つけられる学力をきちんとつけてあげるべきだろう。
無責任に「勉強ができなくてもいいよ」とはいえない。
しかるべき努力をすればつく学力(体力も同様)については押さえさせたい。
それによって、「自分もできる」という自信がつくことが何より大切である。
さらに学習塾とも対立せず、うまく連携をとるべきだろう。
学習塾は「自分では家での勉強の計画や実行ができない」という子どもにとっては、原動力になり得る。
また受験を考える上で、子どもの志望校ごとに受験対策を立てられるのは学習塾の強みである。
受験対策の一点に全力を注げる以上、ここについては、プロフェッショナルである。
そうなると、学校の大きな仕事は何か。
「学校教育法」第21条にはその目標が10項目示されている。
最も大切である第1項目の文の最後は「主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。」である。
社会性を養うこと。
そのための集団をどうつくるかである。
ここが最も大きい仕事である。
主体的に社会の形成に参画し、かつ学力をつける集団づくりについて考えていく。
2016年10月9日日曜日
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