教育実習をやっていると、色々と実習生から質問を受ける。
新鮮な視点から尋ねられるので、こちらも勉強になる。
例えば、「今日のめあて」は書かないのですかというのがあった。
なるほど、確かにやっている学級は結構多い。
やってもいいのである。
ただ、現在の学級には必要がないと判断し、やっていないだけである。
代わりに、学級目標は毎日読む。
必要と考え、活用しているからである。
学級目標だって、必要がないならなくてもいい。
学級通信や日記、宿題等も同様。
必要に応じてあるものであって、ねらいに応じての選択である。
学校の中には様々な「常識」がある。
注意しないと、何のためにやっているのか、ねらいが何なのかわからないでやっている場合がある。
要るのか要らないのか判断しないで「前からそうだから」というのは振り返る必要がある。
これは、学校以外の様々な企業にも当てはまることだと思う。
その点、外からの視点というのは貴重である。
教員でない友人と話すと、「あれ、何であるの?」という疑問を結構抱いていることが多い。
また、自分の勤務している県で常識でも、他県はやっていないということも多い。
問題は、「常識」だと思い込んでいるため、話題にも上がらないことである。
例えば、他県には制服の公立小学校が結構あると知った時、驚いた。理由を聞いてまた驚いた。
常識だと思っていることは、ゼロベースで疑ってかかる必要がある。
それがあるのは、何のため。
時々振り返って考えると、面白い発見がある。
2016年10月25日火曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
-
教室は、自分の考えを発表する機会が多い。 そして、声が小さいと聞こえづらい。 そうなると「大きな声で」という指導が入りがちだが、これだけだとうまくいかない。 前提条件がある。 まず、たとえ小さな声でも何とか聞こえる環境を作る方が先である。 原則は、仲間の発表中は全員が黙って聞く姿...
-
あいさつ運動、どの学校でもやるのではないかと思う。 しかし、なかなかできるようにならないのが実情である。 街中、都会になるほどしなくなる。 人が多すぎる為かもしれない。 それでも、学校はあいさつ指導の核になる場である。 (全ての教育の核は、学校である。地域の大人も学校の...
-
名称の謎の話。 小学校で行う跳び箱の切り返し系の技といえば、開脚跳びとかかえ込み跳び。 かかえ込み跳びは「閉脚跳び」とも呼ばれる。 名称が二つあるのは、学習指導要領での表記の変遷による。 以下、体育の豆知識。(興味ない方は読み飛ばしていただきたい。) かかえ込み跳び...
0 件のコメント:
コメントを投稿