サークルにて、曽根綾子氏の新聞記事からの学び。
簡単に言うと
「昨今の大きいリンゴは結構だが、一人暮らしの、特に高齢者にとっては食べるのに困る」
というような内容のコラムがあり、それについて考えた。
要は、作り手がいいと思うもの、素晴らしいと思うものでも、相手次第ということ。
作る側の自己満足ではなく、提供される側に立った視点が欲しい、という話だった。
相手は十人十色なのだから、リンゴにしても、一人暮らしの家庭用、大家族用と、
せめて2種類は用意してもらいたいという内容もあった。
教室や部活など、多人数を相手に教える際、個に対応するのは量的な限界がある。
だからこそ、全員一斉に与えるものの場合は、あらゆる立場の視点を慮る必要があると感じた。
自分が持ってない視点に立つのは難しい。
しかしそれに思いを馳せるのは、忘れがちで大切なことであると反省させられた。
2014年12月17日水曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
-
名称の謎の話。 小学校で行う跳び箱の切り返し系の技といえば、開脚跳びとかかえ込み跳び。 かかえ込み跳びは「閉脚跳び」とも呼ばれる。 名称が二つあるのは、学習指導要領での表記の変遷による。 以下、体育の豆知識。(興味ない方は読み飛ばしていただきたい。) かかえ込み跳び...
-
教材研究という言葉が一般的である。 教えるために、教師として教材を読むのが教材研究である。 (まるで私がわかった風な口をきいているが、完全に野口芳宏先生の受け売りである。 以下同様。) 教材研究の前にすべきは、素材研究。 教えるためでなく、一読者として作品について調べ、読み込む...
-
前号の続き。 教師にとっては、結構知っておくべき「大切」な事ではないかと思う。 (そして、教師以外の人々には本当にどーでもいい話題であるかもしれない。) 例の如く野口芳宏先生よりずばり。 「課題」は出されたもの。 「問題」は感じたもの。 つまり、教師から与えたものが「学習課題」。...
0 件のコメント:
コメントを投稿