サークルにて、曽根綾子氏の新聞記事からの学び。
簡単に言うと
「昨今の大きいリンゴは結構だが、一人暮らしの、特に高齢者にとっては食べるのに困る」
というような内容のコラムがあり、それについて考えた。
要は、作り手がいいと思うもの、素晴らしいと思うものでも、相手次第ということ。
作る側の自己満足ではなく、提供される側に立った視点が欲しい、という話だった。
相手は十人十色なのだから、リンゴにしても、一人暮らしの家庭用、大家族用と、
せめて2種類は用意してもらいたいという内容もあった。
教室や部活など、多人数を相手に教える際、個に対応するのは量的な限界がある。
だからこそ、全員一斉に与えるものの場合は、あらゆる立場の視点を慮る必要があると感じた。
自分が持ってない視点に立つのは難しい。
しかしそれに思いを馳せるのは、忘れがちで大切なことであると反省させられた。
2014年12月17日水曜日
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