先日、鳥取の指導主事である、西村健吾先生の講座を都内で受ける機会があった。
西村先生は「学級通信の極意」という本を明治図書から出したばかりである。
http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/interview/?id=20140156
学級通信を見ただけで、並大抵でないことがわかる。
指導主事にご栄転となり、充実した毎日を送っているらしいが、学級通信が出せないことだけが心残りのようである。
(「だけ」かどうかは、ご本人に聞かないと分からない。)
講座中のQ&Aで、「本質を見抜く視点とは何か」という質問が出た。
講座の「教師の指導の落とし穴」という内容の一つに「本質はどうか」という項目があったことを受けての質問。
なかなか鋭い質問である。
西村先生は「子どもをどうしたいか」と答えられた。
その授業や行事を通して、子どもをどう成長させたいかという視点で見るという。
最高の理想を描いて、そこに向かって実践し続けてきた西村先生らしい回答である。
私なら、「もしこれがなかったら」と答える。
「そもそも論」という点で、西村先生と一致している。
そもそも、この授業や行事がなかったらどうなるか。
指導したいと思う場面で、あえて流したらどうなるか。
もし自分が教えなかったとしたらどうなるか。
・・・
そのように考える。
理想を描くというより、無かった場合の未来を予想する考え方である。
読者の皆様の「本質を見抜く視点」も、是非教えていたただきたい。
思考の幅が、広がると思う。
2014年12月13日土曜日
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