2014年6月27日金曜日

多数に流されない

先日、総選挙があったらしい。
「え!?」と思って焦ったが、どうやら、政治の話ではないとのことだった。
流行についていけていないのは、テレビを観ないことの弊害である。
(本当に、そう思う。何でもほどほどが大切である。)

投票で決まる。
多数決で、いかにも民主的である。
一方で、この多数決という方法は、気を付けないと誤った判断になりやすい。

社会心理学で、「集団心理」というものがある。
集団心理を支配するものは「空気」であり、正しさではない。
「みんなと同じが正しい」となり、これに支配されると善悪は度外視される。
負の方向だと、集団いじめにもつながる心理である。

周知の通り、某総選挙などは、メディア上で「人気がある」と報道されているものが圧倒的有利である。
「単純接触効果」という心理学用語もあり、要はたくさん接すると好意を持ちやすい。
CMで何度も見れば、なんだか良いものに見えてくる心理である。

私のように疎い人間には、「人気がある」と言われる人物以外、目にすることすらない。
(しかし、無関心のこの層は、投票もしないので票への影響は出ない。)
そんなにコアでもない中間層ファン(最も厚い層)はここに流れる。
「人気がある」と言われると、良いものに見える。
ブランドものや流行に振り回されるのも、この心理の一種である。

判断力の低い子ども時期であるほど、集団心理にはまりやすい。
「自分が確定していない」=「判断力がない」ということにつながる。
だから、本来その子どもの性格からなら有り得ないような、陰湿かつ悪質な集団いじめに荷担してしまう。
ニュースで報道している恐ろしいいじめも、「普通の子」によるものである。
集団心理の負の力の大きさを感じさせられる。

教室では、「自分の判断」を大切にさせる。
例えば朝読書の時間、教室の中が話し声でザワザワしているとする。
「朝読書は静かに行う」ということは、全員知っている。
しかし、「周りがやっているから大丈夫」なのである。
先に述べたように、集団心理の正しさに善悪はない。
ここを流していれば、そういう集団に育っていく。
10回や20回言っても直らない。
1年間通して、「気付かせて」いく。
要は「気付かない」だけである。
指摘して「気」をそこに「付ける」ようにする。
やがて、指摘されない姿を目指す。

学級の合い言葉に「良いことは良い、悪いことは悪い」がある。
周りがどうこうではない。
自分で判断せよということを繰り返し繰り返ししつこくしつこく指導していく。
授業では学問を教えるため、正解は多数決で決まらない。
たった一人でも、正しい方が正しい。
そういう意味でも、どんな授業をするかは大切である。

いつでも正しい判断ができる人間の集まりなら、学校に来る必要はない。
大人にだって難しい。
そうでないから、これは学校で指導をする。
アイドルの総選挙なら多数派でもOKだが、教室での多数派には、要注意である。

0 件のコメント:

コメントを投稿

  • SEOブログパーツ
人気ブログランキングへ
ブログランキング

にほんブログ村ランキング