今日は日常における気付きのエッセイ。
人生における、思い込みの力について。
私は、睡眠に関して、一般の認識と色々と違うらしいことが判明している。
例えば、早起きである。
普通に5時とかではない。
ややランダムだが、かなり起きるのが早い。
(ちなみにこの原稿は、平日1時半に起きた日の3時半に書いている。もちろん朝である。)
しかも、自分で決めた時刻に決めて起きることもできる。
寝る前に何時に起きると決めると、15分単位ぐらいまでいける。
だから、目覚ましは全く使わない。
20年近く使っていないと思う。
(海外旅行とか、何か特殊に早起きしなくてはいけない場合は別である。寝坊しても飛行機は待ってくれない。)
もっというと、睡眠時間もかなり適当である。
8時間眠る日もあれば、3時間で大丈夫な日もある。
特に前日に1時間程度の昼寝をはさんだ日は、かなり早い。
(昼寝の爽快感と回復力は、夜の睡眠の3倍以上だと思う。だから昼寝が大好きである。)
平均すると、6時間程度の睡眠時間である。
それは一般に「短すぎ」「良くない」とされているが、別に体調不良も何もない。
私を知っている人は納得してくれると思うが、むしろ、多分平均値よりかなり健康的で元気である。
なぜこんなことになるのか。
これこそが「思い込み」の力である。
多くの人が「それはあなたが特殊だからできるのだ」と思っている。
その通りである。
私は「自分が特殊だ」と思っている。
つまりは、思い込みである。
「毎日8時間寝ないと不健康になる」
「早起きすると日中に眠くなる」
と、多くの人は思っている(らしい)。
私に限って言えば、それは嘘である。
自分の身体が求める時に起きさえすれば、頭がすっきり冴えるのは自然の道理である。
できると思った人には、できる。
できないと思った人には、できない。
特に、「できない」を口に出して言ってしまう癖がある人は、それが現実になる。
これは、睡眠に限った話ではない。
むしろ私の場合、それを証明するために、睡眠を利用していると言ってもいい。
すべては、思い込みである。
自信があるのもないのも、思い込み。
周りの人みんなを味方と思うか敵と思うかも、思い込み。
「勘違い」と馬鹿にする人がいるが、それこそが大切である。
勘違いと言われることを恐れているから、何もできなくなる。
大いに勘違いをすべきである。
勘違いを馬鹿にしている人には、あなたのようになりたくないから勘違いをしているのだと言ってやればいい。
信じるも信じないも、自分次第。
私は、自分の信じるところを実行している。
とりあえず、間違いなく毎日かなり元気である。
思い込んで勘違いするのも大切ではないかと思う昨今である。
2019年1月5日土曜日
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