次の本からの気付き。
『10代の君たちへ 自分を育てるのは自分』
東井義雄 著 致知出版社
http://online.chichi.co.jp/category/BOOK06/831.html
この本の中で、著者の東井義雄先生の子ども時代エピソードがある。
とにかく、運動がまるでダメで、何をどんなにがんばってもダントツビリだったそうである。
辛い中でもある日、「日本一のびりっこ」になってやろうと思い至る。
自分がビリだから、他の人がビリにならずに済む。
えらい役に立ってるじゃないか、ということである。
しかも、この思いはやがて「自分だけがビリのを独占していて申し訳ない」という境地に至る。
私のような凡人は、なかなかここまでの境地には至れない。
しかし、近い思いは何度かしたことがある。
思い返せば、父は私が子どもの頃に、
「どうせなら、ビリでもいいから一番になれ。」
と言っていた。
この言葉は、ここまでの人生で結構役に立ってきた。
一番を目指してがんばること自体には意義がある。
しかし、ビリの価値を見出すことにも、体験することにも意義がある。
父としてどうかと思うことも多々あったが、なかなか必要なことは教えてくれているものである。
結論。
人は誰かの役に立ってる。
負けるものがいるから勝つものもいる。
自分への誇り、相手への感謝。
勝っても負けても、いいことずくめ。
そんなことを、私も子どもに伝えていきたい。
2017年2月27日月曜日
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