先月の南惠介先生のセミナーでの学び。
刺さる言葉がたくさんあった。
その中の一つに
「子供に求めるより、自分が変わる方が早い」
というのがあった。
主体変容である。
子供が変わらないと嘆いていても始まらない。
教えても伸びないのを子供のせいにしたら、当然楽である。
「あの子は〇〇だから仕方無い」と言ってしまったら、完全敗北宣言である。
自分が変わる。
そうすれば、世界は変わらないかもしれないが、自分の認識する世界が変わる。
自分の見る目を変える。
例えば、席に座らずに、歩き回って落ち着きのない〇〇君。
見方を変えれば、止まっていることが苦痛で席についていられず、苦しさから動くしかない〇〇君。(ちなみに、今の私のクラスの子供ではなく、あくまで例である。)
見方が変われば、対応は変わる。
別に子供が変わった訳ではないが、見える世界が変わる。
結果的に、子供も変わるかもしれない。
子供相手に限らず、つい人に求めてしまう自分。
自分から変われるように意識したい。
2017年2月19日日曜日
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