自分では、当たり前のようにやっていて、普通ではないことがある。
誰しもある。
例えば先日、同僚の一人の方は、理科の実験用具を作っていた。
ホームセンターで材料を購入して、トンカンやりながら楽しそうに放課後作っている。
この先生にとっては当たり前の風景である。
しかし私のように図工の苦手な人間には、結構腰が重くなってしまう作業である。
誰しも自分にとっては普通にやっていることがあって、そこが当たり前になっていることがある。
無意識にやっていることは、周りの人に聞かれないと、気付かない。
教室に実習生がいたりすると、新鮮な視点には事欠かない。
色々と質問される。
質問されて、「なるほど、なぜだろう」と新たな視点をもらえる。
先日は、大学生の方々にインタビューのようなものを受けた。
授業で心がけていることなどをきかれた。
尋ねられると、初めて考える。
言われてみると、色々意図しながらやっていることに気付く。
やはり、人様に見てもらったり、聞いてもらったりすることが大切である。
「外の視点」を時々いただくようにしたい。
2014年9月27日土曜日
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