低学年を持ってから、「楽しい活動」を取り入れる率が高くなった。
途中に作業をはさんだり、笑いを入れたりすることが多い。
無意識だったが、確実に高学年の時より多くなっている。
考えてみると、理由は一つ。
子どもの集中力が続かないからである。
高学年の子どもなら「やるべき理由」があれば動けることが多い。
勉強は必要と思えば、多少の苦があっても頑張ってくれる。
「○○しよう」「○○しない」という指導一つとっても、高学年なら理由の説明が重要である。
事前指導が大きな鍵である。
しかし、低学年は「雰囲気」重視である。
あまり深く考えず、何となく楽しそうならやる傾向がある。
そして、楽しければ延々とやる。
逆に、興味がないと全く動かない。
「やるべきこと」に集中させるために、「楽しい感じ」は大きな力になる。
つまり、楽しさは手段である。
楽しい授業がいいのではなく、楽しいと活動に集中するという効果がねらえる。
そして、授業の本質は学力形成。
「楽しいけれど学力はつかない」「活動あって学び無し」では、目的から外れる。
「楽しくはないが学力がついた、できるようになった」ならば、目的は達成である。
しかし、これは現実的に難しく、長続きしない。
やはり「楽しく力がつく」が理想型である。
一般企業のよく売れている通信教材などは、この辺りの工夫がすごい。
商売として成り立っているだけある。
今の子どもは、一昔前に比べて、集中力がないという。
我慢もきかないという。
確かにそうなのかもしれない。
しかし、そこを責めても、相手は変わってくれない。
授業をする側が工夫をして、授業を変えていく。
解決策は、主体変容に尽きる。
楽しさは、集中力を続かせるための手段である。
一方で楽しさは、「学校に来たい」というエネルギーを生み出す源でもある。
楽しく、学力のつく授業を目指したい。
2014年9月25日木曜日
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