2021年5月12日水曜日

真面目に働く人に損をさせない

 前号で「真面目な子どもに損をさせない」ということについて書いた。


これは、大人にも当てはまる。

「真面目に働く人に損をさせない」ということである。


真面目に働く人がいる。

その人は、会社のためにと思って、色々と挑戦する。

しかし、「余計なことをするな」とたたかれる。

これが繰り返されれれば、やる気を失って、やらなくなる。


真面目な人がいて、蔓延し続ける社内の不正行為に対し、疑問を呈す。

多くの人がその不正を当たり前にしているので、「それぐらい」と思っている。

そして、注意する人をうるさく思う。

「変わり者」「めんどうな人」と扱われる。

この人も、口をつぐむようになる。

不正が深くまで浸透し、手の施しようがないほど、内側から腐敗していく。


学校でも同様のことは起きる。

真面目な先生ほど、叩かれ、攻撃される傾向がある。


例えば、学級通信の発行。

これは、結構な労力がかかる。

だから、発行していたら、基本的に真面目な人だと思っていい。


ただ、かなり気を遣っていても「わが子の登場回数が少ない」「わが子の写真が小さい」と言われる。

あるいは、管理者側の文章表現の好みで、こと細かに直しが入ることもある。

「もっとこういう記事を書いて」「この記事はいかがなものか」とも言われる。

そうなると、発行自体が苦痛になる。

自然、多くの真面目な人が、やらなくなる。


例えば、生徒指導関係。

子どもの悪い行為を見逃さずに指導する。

「わが子のどこが悪いのか」「その指導の仕方はよくない」と、問題の本質とは違うところで、なぜか教師側が指導される。

自然、問題行動を流し、避けるようになる。


例えば、学習指導と評価。

真面目に教えて、休み時間や放課後に、個別に指導もする。

「不当な扱いだ」と文句を言われてしまう。(そういう面も実際ある。)

あるいは、基準に従ってきちんと評価をすると「厳しすぎる」と言われてしまう。

自然、評価が甘い先生が多くなり、「A」「3」ばかり、「C」「1」はほぼつけられなくなる。


こういったことが繰り返されることで、真面目にやるのが、だんだん馬鹿馬鹿しくなる。

自然、もの言わぬ大人しい人、流される人が増えることになる。

言いたいことがあっても言えないで我慢している人がかなり多いというのが、現状である。


真面目な人が生きづらい状況を、みんなで作っていないか。

教師に限っていえば、「先生は何かと叩かれる」ということが社会で知られている以上、今後教職希望が増える見込みはない。


真面目にがんばる人が報われる。

あらゆる集団においてのあるべき大原則である。

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