月曜日ということで、仕事にやる気の出る話を。
私の大好きな作家である、中谷彰宏さんの言葉を3つ紹介する。
==================
助け合うとは、メリットではなくデメリットを共有することだ。
人を助けることは、ひたすらきれいごとでは済まない世界。
優しいとほめられることを求めない。
===================
道徳でも「協力」や「思いやり」は大切な内容である。
しかし、実践すると、これが難しい。
人間は、自然と自分の損得を優先してしまうからである。
せっかく行くのなら、人気の美味しい店がいい。
値引き交渉で安くなるならそうしたい。
大混雑の中で並ぶのも面倒だし、満員電車なら椅子にも座りたい。
くじ引きなら自分に当たって欲しいと思う。
どれも、「相手が損しても自分が得したい」という面があることが否めない。
別に否定すべきことではなく、当然のことである。
だからこそ、助け合うということは、意識と覚悟が必要である。
メリットではなく、デメリットの共有。
パンが一つしかないなら、自分の取り分が減っても相手に半分に分けることを厭わないかである。
汚れている場所があったら、自分の手を汚してもきれいにすることである。
自分の手は汚さないできれいにしたいなどというご都合主義は通らない。
さらに、がんばったから褒められるなんて思わない。
優しくしたから感謝されるなんてことを求めない。
そういう期待を先にするのは、損得勘定の世界を離れられていない証拠である。
何かをさせてもらっている、助けさせてもらっている。
役割を与えられるほど、有難いことはない。
そこに気付くことで、感謝も生まれ、幸福感につながる。
幸せとは、気付きである。
不幸とは、目の前の幸せに気付かないことである。
今日からまた一週間、働けることに感謝したい。
2017年10月16日月曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
-
教室は、自分の考えを発表する機会が多い。 そして、声が小さいと聞こえづらい。 そうなると「大きな声で」という指導が入りがちだが、これだけだとうまくいかない。 前提条件がある。 まず、たとえ小さな声でも何とか聞こえる環境を作る方が先である。 原則は、仲間の発表中は全員が黙って聞く姿...
-
あいさつ運動、どの学校でもやるのではないかと思う。 しかし、なかなかできるようにならないのが実情である。 街中、都会になるほどしなくなる。 人が多すぎる為かもしれない。 それでも、学校はあいさつ指導の核になる場である。 (全ての教育の核は、学校である。地域の大人も学校の...
-
名称の謎の話。 小学校で行う跳び箱の切り返し系の技といえば、開脚跳びとかかえ込み跳び。 かかえ込み跳びは「閉脚跳び」とも呼ばれる。 名称が二つあるのは、学習指導要領での表記の変遷による。 以下、体育の豆知識。(興味ない方は読み飛ばしていただきたい。) かかえ込み跳び...
0 件のコメント:
コメントを投稿