教育とは文字通りに見ると「教え育てること」。
広辞苑でも明鏡でもブリタニカでも、どれでも同じ表記がなされている。
世間一般の定義としては確定しているといえる。
しかし、実際の自分の実感としては、順番が逆である。
育つが先で、教えるが後。
育つ力が先にあって、教えることでよりよい方へ向かう。
そんなイメージである。
ただ、教育の主語は教える側なので、「育つ方向に教える」よりも「教えて育てる」という順番になっていると思われる。
「教育」に似た言葉に「育成」「養成」がある。
違いは何か。
こういうのは「類語例解辞典」で引いてみる。
どちらも「立派に育てる」という意味をもつ。
「養成」が「訓練して一定水準以上にする」で、「教員養成」「体力の養成」などの使い方をする。
「育成」も同じだが、育てた結果を重視する言い方で、「青少年健全育成」「植物の育成」などの使い方をする。
「養成」の特徴は訓練。
教員も体力も勝手には育たないという前提からの、外的な働きかけである。
「育成」の特徴は結果。
目指す基準がある程度はっきりしていて、その到達への働きかけである。
我々が携わるのは「教育」である。
特に「学校教育」「家庭教育」「社会教育」の3つ。
どれも本来、子どもが生来もつ力を引き出す営みである。
ここが、少し、おかしくなってはいないかと思う。
何かというと、時に「養成」「育成」に偏りすぎていないかということである。
育てる側の願い(到達目標)がはっきりしすぎていて、子どもの側の願いを置いてけぼりにしていないかと思うことがある。
長くなったので、次号から具体例を挙げて続けていく。
2017年10月24日火曜日
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