教育実習がまた始まる。
実習期間中は、教える以上に自分が学べる。
視点が新鮮なのである。
実習生から、一日の中で気付いたことへの質問を受ける。
質問の内容は、かなり根本的なことが多い。
「当たり前」に流れていて「何のために」が抜けていると答えられない質問である。
例えば
「授業の始まりに日直が号令かけないのはなぜですか?」
という質問が来る。
(教室によっては「日直が号令をかけるのはなぜですか?」になる。)
意図的に行っているので、理由を伝えられる。
いきなり教えないで、「なぜだと思う?」と一旦問い返して、考えを引き出す。
この辺りは、授業をする時の手法とほぼ同じである。
一通り聞いてから、自分の解を示す。
同時に、これが万人への正解ではないことも伝える。
今の相手に対し、今の自分ならこうするのが最も良い、と判断しているからである。
ちなみに、私は現在、授業の始まりでは一旦黙って姿勢を正し、こちらから先に礼をする。
それに合わせて、子どもと同時に礼をし「お願いします」と伝え合う。
この「お願いします」の相手も、誰なのか、一度子どもとも共通理解しておく必要がある。
(この辺りは他でも色々書いているので割愛。)
こんな具合に、普通にやっていることを改めてふり返る機会がもてる。
授業研で、参観者から質問をされて考えが深まるのと同じである。
教えること以上に、教わること。
目の前の相手には、教えているようで、教わっている。
子ども相手にもいえることである。
2017年10月8日日曜日
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